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「劔岳 点の記」監督・木村大作 at 109シネマズHAT神戸

明治39年(1906年)、日本陸軍の軍属として測量部に勤務する柴崎(浅野忠信)に、立山連峰劔岳の測量が命じられる。劔岳にはこれまで何度も登頂に失敗しており日本地図に於いて、ここだけが測量されていない空白地帯であった。
地図を完成させることが国防上必要であるというのが大命題だったが、陸軍には別の思惑もあった。資金の潤沢な日本山岳会がこの劔岳の登頂を目指しており、何としても陸軍が初登頂したという名跡を記したかったのだ。柴崎は、以前登頂に失敗した古田技官(役所広司)のアドバイスで、地元の山の案内人宇治(香川照之)と共に下見の登山に出向く。翌年柴崎は、宇治の劔岳の知識と山登りの経験を頼りに測量隊を結成する。一方、日本山岳会の小島(仲村トオル)のパーティも劔岳を目指し始めた。測量隊を襲う容赦のない自然の猛威は想像を絶するものであった…というお話し。
冒頭の陸軍参謀本部、「日露戦争に勝利し…」と始まる。かの「八甲田山死の彷徨」(本作と同じ新田次郎の小説)が明治35年。つまり日露戦争をはさんであの4年後。木村大作監督が、自身の撮影した森谷司郎監督「八甲田山」('77)を強く意識していることは明白だ。香川照之が万年雪踏みしめ先導する姿は黒澤明監督「デルス・ウザーラ」('75)のデルスが重なる…大体地図の測量というと話しまで類似しているではないか。つまり、木村大作氏自身の出自である黒澤組の沽券と、その黒澤明のチーフ助監督だった森谷司郎監督のスタイルを踏襲継承する意志がすぐに読み取れた。監督が撮影を兼任していると「目ヂカラ」が強いというか、何と言うことのないカットでもオーラが強い。大自然相手だと更にそのエネルギーが溢れている。その分、鈴木砂羽宮崎あおいといった「銃後の妻」の演出が「お任せ」になっている印象は否めない。
面白い伏線がある訳でもなく、また測量隊対山岳会のどちらが先に、というスリルも弱い。しかし時計を気にすることなく、退屈することなくワクワク見られるのは「高いモチベーションの実現」に嘘がないからだ。役者達の顔が登頂に近づくにつれどんどん変わって行くリアル感は何ものにも代え難いであろう。松田龍平好演、仁科貴はお父さんそっくりになって来た、彼らだけでなく二世俳優が多く出演しているのも「佳き日本映画の現場」を彼らに踏ませたかったからに違いない。テレビドラマの延長を映画館に見に行く観客の文化レベルの劣化は暗澹たる思いだが、こういう王道映画が興行的に成功している(7月第1週4位)ことに微かな希望を見てとれる。

劔岳 点の記【Blu-ray】

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