映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「おとうと」監督・山田洋次 at 渋谷シネパレス

 山田監督の前作、「母べえ」('08)で大阪のおじさんを演じていた笑福亭鶴瓶に可能性を見いだしたのか、この「おとうと」における吉永小百合鶴瓶という賢姉愚弟は「男はつらいよ」の兄渥美清倍賞千恵子の逆、と誰もが瞬時に意識するだろう。何せ冒頭から戦後日本の時代の変遷を説明する吉永小百合のナレーションにも「寅さん」が登場、後半に至ってはNGOホスピスの患者達がテレビで「男はつらいよ」を見ていたりする。意識的に「寅さん」的なるものをつくろうとしている一方、後半に至ってホスピス=終末医療の現状を大阪は西成の、貧しい人々を支えるボランティアを描く事で日本社会の現在の一断面として織り込む。蒼井優が当初結婚する青年医師の思いやりのなさとホスピスの献身的な医師の対比も見事だ。
 更に市川崑監督の「おとうと」('60)が下敷きになっていることは自明で、あのリボンを腕に結ぶところ、鍋焼きうどんのくだりは市川版と同じだ。そして時に挟まれる人物のいない空舞台のショットは小津安二郎のそれが意識下にあることも明白であろう。
つまり、市川崑小津安二郎という先人へのオマージュ、自らが作り出した「男はつらいよ」への決着(寅さんは死ななかった)、そして日本の医療の問題、矛盾という山田洋次監督のありったけの命題が盛り込まれているのだ。山田監督と一つ違いのクリント・イーストウッドが「グラン・トリノ」('09)に自らの俳優人生の決着とアメリカ社会の断面の両方を盛り込んだのとそれは重なる。 
 市川版「おとうと」ではパラノイア気質で不快な印象の義母を田中絹代が演じていた。その絹代という名前で、本作での義母は加藤治子が演じている。ラストシーン、この加藤治子の台詞には落涙させられる。傑作、お勧め。