映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「ハクソー・リッジ」監督メル・ギブソン at 109シネマズHAT神戸

www.hacksawridge.movie

旧約聖書を底流にそこはかと流すスピルバーグを始めとして聖書乃至キリスト教的理念を「隠しつつ」描く映画は少なくない。イーストウッドに於いても聖書の理念に苦悶し、疑い、それでも信じる(しかない)というプロセスをベースにしている作品が多い。しかしメル・ギブソンは隠さない。ストレートにキリスト教原理主義的理念を見せつける。本作の題材はもう彼にしか描けないであろう、そっちの世界の勇者の物語だ。
太平洋戦争開戦直後の旧き佳きアメリカ東部の田舎町の、ある家庭の人となりを描く前半はオーソドックスを通り越して古めかしい演出ぶりだが、この「前振り」は後半の、打って変わって「情熱的」な沖縄戦の描写に呼応している。ギブソン監督は激しい白兵戦を、見たこともないアングルで切り取り、容赦がない。こんなにゴロゴロと無残に破損した米兵の遺体を延々と映し続けたアメリカ映画が嘗てあっただろうか。

日本兵に残虐に刺殺される米兵、それは必ずやり返され「あいこ」の勝負にする演出ではたと気付く。前半の「アメリカの田舎」は、演出であると同時にそこに住んでいる人々、つまり都会に住む米国人ではない米国人=多くのキリスト教原理主義者の観客に向けてこの映画が作られていることに。
戦場描写の技術論で言うとギブソン監督の手腕は巧まざる名手であることはこの映画で証明された。一方で地下壕でまるでひと仕事終えて飯でも食うか、という感じの日本兵の描写や、ライトバッチリセット丸出しの「様式美」で描く将校の切腹には、やれやれ、である。しかしだからと言ってダメな映画ではない、と思う。

 

 

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