映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「禅と骨」監督・中村高寛 at 元町映画館

www.transformer.co.jp禅宗の僧ヘンリ・ミトワの日米を跨ぐ一代記を記録と劇パート、更にはアニメーションを繋いで駆け足で見せ切る。色即是空空即是色なんのその、ミトワ氏は映画をつくりたいという我欲、今に生きず過去に生きるのだと疾走する。その深層心理には母なる国日本=理想の母親像が抜き差し難く沈殿している。家族は振り回され、自らの米国人としてのアイデンティティを頑なに守った長男以外は日本に強制移住させられ苦労する。中でも次女の父ヘンリへの反発は激しい。愛憎のパーセンテージは常に憎に振れている感じだ。ミトワ氏の戦前戦中時代は劇パートで描かれ、ミトワ氏に似たウエンツ瑛士が好演。脇をプロデューサー林海象ファミリーの俳優が固める。

戦前は日本でスパイと疑われて警察に尾行され、嫌気がさして渡米したら同じくスパイ扱い、戦中は日系人強制収容所へ。父の国も母の国も個人のアイデンティティを認めない時代を生き抜かねばならなかったのだ。そんな曖昧な自分の位置を確立させようと、彼は母の国に寄り添おうとした。しかしそれは妻や子のアイデンティティを揺るがす。

未来に興味はないと言う言葉とは裏腹に未来につくる「過去の映画」に拘る。自分を「撮れ」と言ったり「撮るな」と怒ったり。カメラは一人の人間が思い込みのまま生きる姿を追う。日米の距離や東京と京都という距離、93歳まで生きた長い人生という道のりがこの人の立ち振る舞いをかたちどってはいるものの、哲学はあまり見えない。ましてや僧侶としての悟りも、だ。それは高邁でもなく、卑俗でもない他人からすると「おもろいおじいちゃん」で、私には苦悩する次女の方によっぽどシンパシーを感じた。