映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「沈黙 サイレンス」監督マーティン・スコセッシ at 塚口サンサン劇場

遠藤周作の原作は高校時代に読んだ記憶がある。数年前、この原作を最初に映画化した篠田正浩監督のもとに、仁義を切るかたちでスコセッシ監督が会いに来た、という話を仄聞したことがある。
さて、彼の悲願の映画化だったと思しき、長い暗闇から始まる力のこもったルックに開巻から引き込まれ、2時間40分緊張が途切れることがなかった。キリスト教布教の為に異国に分け入る話は「ミッション」('86)が既にあるが、
南米と違って17世紀日本には確立した文化と政治統治があった。当初はキリスト教布教が許されていたものの、西洋人の「下心」であるキリスト教による統治、延いては利益誘導という目的に時の幕府は気がつく。スコセッシは何もキリスト教万歳では描かない。「戦場のメリークリスマス」('83)でも描かれた、神の概念の違い、そこから来る異文化同士の衝突を繊細に描く。知識としてあるキリシタン弾圧を丁寧なまでに映像で見せつけられる一方で死を賭しての信仰を回避するキチジロー(窪塚洋介)に神と悪魔の二分法の限界をあぶり出す。
スコセッシの深遠な思考を映像として定着させる偉業であると同時に、溝口健二今村昌平小林正樹といった日本の映画監督作品へのオマージュは純情だ。何せ塚本晋也SABUという現役監督までキャスティングしているくらいだから。浅野忠信、素晴らしかった。