映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「15時17分、パリ行き」監督クリント・イーストウッド at 109シネマズHAT神戸

https://www.facebook.com/1517toparis/?pnref=story

 実際にあった列車内テロ事件を、犯人捕獲に成功したアメリカ兵三人を中心に描く。その三人を本人が演じるというのは果たして暴挙なのか実験なのか。チャレンジャーとしてのイーストウッドの実験が、単にキャスティングだけではないという点に感心し、あらためて畏敬してしまう。

 まず、前作「ハドソン川の奇跡」からフィルム撮影ではなくデジタル撮影を採用している点で極めて自覚的であるそのルック。フィルムのような質感に近づける、のではなく、あくまで臨場感を高めることに特化しているのだ。本編でローマやベネチアの典型的な観光名所を二人の米兵が見て回るシーンにあっ、となったのは本物の観光客の中に彼等を紛れ込ませている点だ。従来の商業映画の、それもハリウッド製の映画のセオリーとしては全てエキストラを仕込む。そうしないと一般の観光客が撮影クルーを無視してくれる筈がないからだ。恐らく自然光による撮影、つまりライト無し、気づかれないような小型のDVでのロケだろう。想像だが現場にイーストウッド監督はおらず(見つかったら大変だろう)、遠隔でモニターチェックしていたのではないか。低予算の我々の日本映画なら特段珍しくはないやり方だが、このリアリズムの徹底は驚かざるを得ない。

 米兵達の台詞も気の利いた事を言う訳ではない。人を助けたい、と言うが部屋に貼ってある映画のポスターは「フルメタル・ジャケット」に「硫黄島からの手紙」でエアガンのサバイバルゲームに興じていたところをみると平凡なミリタリーオタク丸出しだ。ありのままの人物像なのだが、従来のイーストウッド作品に通底するキリスト教の教義への懐疑と、それに相反する深い信仰との揺れ、がまたしても登場するに至ってそこは引かない、むしろ足してあまりあるのだな、と感心。

イーストウッド的なるものを刻印しつつ、誰も挑まなかった方法論で観るものを惑わす。流石。

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