映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「日日是好日」監督・大森立嗣 at 塚口サンサン劇場

twitter.com  日本の観客の鑑賞眼の劣化を嘆く大森立嗣監督の意見にはとても共感しているのだが、その大森監督らしからぬ丁寧な説明で始まる。この物語が始まりから終わりまで30有余年のスパンで描かれている事は最後に分かるのだが、そうとは気づかないようにする為なのかどうか、えらくイマ風なデザインの家の全景で、そこに住む家族は中庸で豊かだ。原作にあるのかどうかは不明だがフェリーニの「道」('54)がキーワードとなっており、モノクロで暗く退屈でさえあった映画が長じると心に沁みる、茶道もそんな人生のうつろいの中で感受性が研ぎ澄まされると、一つ一つの所作がハタと腑に落ちる、というモチーフ。

 ここでは樹木希林がとても元気でキビキビしているように見える。台詞の口跡がちょと息苦しそうな時もあるが、佇まいは「万引き家族」とは違って茶道の先生らしい凛々しさを湛えている。執拗にへり下る茶会の異様への皮肉は抑え気味で、日本の四季の移ろいを感じる歓びを身につける、どうということのないはずの当たり前を描いている。茶道教室の道すがらの黒木華多部未華子鶴田真由の佇まいは成瀬巳喜男の映画のようだ。樹木希林の死去だけではないヒットの理由がそこにあるとしたら、貧しく知的でない若者がふざけているか自滅するかの映画が跋扈する邦画を駆逐する先駆けになれば良いなと思う。あくまで私的な願望だが。