映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「旅のおわり世界のはじまり」監督・黒沢清 at シネリーブル神戸

tabisekamovie.com   ウズベキスタンが舞台、日本のテレビ番組のクルーが幻の巨大魚を撮ろうと四苦八苦している。適当な感じで撮られているバラエティ番組の感じがよく出ている。札束で頬を叩く、という表現がぴったりの凡庸なディレクター(染谷将太)、仕事はこなすもので意思を持って取り組むものではない態度の葉子(前田敦子)。恋人とのライン命で目の前の事の殆どに興味がない。嫌な日本人だが典型的に現代の日本人像である。中東との国際合作、何故こうもウズベキスタンにとって迷惑な振る舞いをする文化程度か低く幼稚で視野狭窄な人物を描くのだろう、と思ったが観終わってしばらく経つとこれは黒沢清監督による「外から見た日本人」という事なのではないか、と思えてきた。葉子の、民家に繋がれている山羊に対する勝手な思い入れ、更に撮影禁止の場所にカメラを向けて警官から逃げ、捕まったら泣いて詫びるだけ。英語はI don't understandとNoしか言えない。そしてテレビクルーも葉子も決して現地の人の親切に礼を言わない。何もウズベキスタンだからという事ではない、外へ外へと向かっていく他国の若者に比べて何と内向きでひ弱なのだろう、という痛烈な批判に見えなくもない。

 葉子は積極的に道に迷う。レポーター仕事ではなく本当は歌手になりたいと言う。ウズベキスタンでの道行きが彼女自身の人生の迷走に重なる。心に響くものがないと歌えない、と言うが音楽も芸術も食文化も語らない、山羊のことと消防士の彼のことしか頭にない様にしか見えない。後、テレビ中継で他国の災難を知るシークエンスは「ニンゲン合格」('98)にもあったな。