映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「プライベート・ウォー」監督マシュー・ハイネマン at Cinema KOBE

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  なかなかタイミングが合わず、ようやく新開地最終日に間に合ったどうしても観たかった作品。

 米国人で英国の新聞社で働く記者マリー・コルヴィン(ロザムンド・パイク)の短い生涯を描く。実在の人物であったことは自明なのだが、冒頭の彼女へのインタビューの声は、パイクではなく生前の本人のものであることがエンディングで分かるようになっている。映画は2001年にマリーがスリランカの内戦を取材するところから始まり、その際に彼女は被爆によって左眼を失う。同僚カメラマンに冗談まじりに「隻眼と言えばイスラエルのダヤン」と言うマリーは、ダヤンと同じような黒いアイパッチを装着して次なる戦場へと出掛ける。アフガニスタン、そしてイラクへ。マリーの軌跡は21世紀の世界の紛争そのものである。夫は去り、ヘビースモーカー、ウォッカ中毒。新聞社の編集長の指示は聞かず独断先行。ジャーナリストとして国際的な賞を幾度も受賞するも、戦場で見てしまった死体のフラッシュバックに苛まれる。それでも彼女を戦場に駆り立てるものは「起きていることを伝える」使命感なのかも知れない。一方で「ハートロッカー」('08)の爆弾処理班や「アメリカン・スナイパー」('14)の狙撃兵の様に平穏無事な安全地帯にいる方が生きている実感が掴めなくなってしまう一種の"戦場病"のようにも見える。

 マリーの最期の戦場はイラク戦争後の2012年の内戦。アサド政権の非道を伝えようと撤退命令を聞かずに一般市民が残されている病院へと戻る。本社への通信が切れ、使うと居場所が特定されてしまう衛星回線を使ってCNNとコネクト、渾身の言葉と映像で事実を伝える。CNNのキャスターの労いの言葉は感動的だが、暗示的でもある。そして爆撃によって命を落とす。

 何故無辜の民が犠牲にならなければならないのか、アメリカやアサド政権の背後にいるロシアの道義的責任をあからさまに問う描写は無いが、マリーのCNN中継での言葉に観る側は、しかとそのメタファーを受け止めなければならない。

 マリーが伝えようとした全てについて未だに解決がついていない、それどころか悪化している現状は昨日今日の我が国での報道からも伝わって来る。マリーの「次の人」が今日もフラッシュバックに苛まれながら彼の地にいることに思いを馳せたい。そして「エンテベ空港の7日間」('18)といい、ロザムンド・パイクの仕事から目が離せない。こんなのもある↓

www.netflix.com  佳作、お勧め。