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「カツベン!」周防正行監督 at 渋谷TOEI

www.katsuben.jp 5年に1本ペースとなってしまった周防正行監督最新作は大正時代の活動弁士の世界を描く。なかなか通りにくい企画であったことは想像に難くない。若年層は見向きもしないであろう時代劇、いくらCGで足すとはいえ巨大セットを組まなければならない、制作費は莫大だ。2年前の晩秋、私がスタッフと「みとりし」の音響作業を埼玉県川口市SKIPシティで行っていた折、その敷地内に広大な水色の映画館のセットが組まれつつあった。すぐ隣りがNHKアーカイブスだったのでスタッフ一同NHKのドラマ用だろうと話し合っていた。が、あれは本作「カツベン!」に出てくるタチバナ館だったのだとこの度気がついた。

 1884年のシネマトグラフの発明が映画の起源とされ、すぐ翌年には日本にもそれがもたらされたとされている。本作の冒頭、子供達が映画撮影のことを「種取り」と言う。京都出身の浜村淳氏が少年時代にしばしばこの「種取り」を目撃したと言う話は何度も繰り返し聴かされたものだが(そしてそのご当人が本作に登場する)、映画はその黎明期から大衆娯楽として発展した。さてその撮影の様子を興味津々に覗く子供達は当然活動写真館と呼ばれる映画館へと駆け込みたい、が金がない‥‥というところから物語は始まる。俊太郎少年の貧困からの盗み、女郎の娘との出会い、となるほど周防監督はサイレント映画で描かれる典型的な人物造形、アクション、悲恋という映画による映画学を展開しようと言う訳だ。居眠り店主からキャラメルの万引きなど何度となく「かつて観たシーン」である。俊太郎(成田凌)は活動写真好きが高じて弁士を目指すも盗賊に雇われて偽弁士に、やがて追われる身となって盗賊頭のヤクザ安田(音尾琢真)を振り切って逃げる。この逃げる時のトラックの荷台を使ったアクションなど典型的なサイレント映画のアクション、つまり活劇なのである。物語を進行させる描写の細部に渡って活劇と恋という二大ジャンルが投影されている二重構造は見事という他ない。ヒーロー、ヒロインの危機には文字通り危機一髪で助けが入る繰り返しもそういう狙いである事は自明だ。映画館のスクリーンの裏にヤクザの事務所、は鈴木清順の「野獣の青春」('63)からかな?その事務所で俊太郎を襲う巨漢は「007/ゴールドフィンガー」('65)のハロルド坂田のよう。囚われの姫を襲うのは蛇というのが常道だがここでは蜘蛛。そう全て活劇あるあるなのだ。

www.dailymotion.com 大島渚監督が英国BBCに請われてつくった「日本映画の100年」('95)という番組がある。何度も繰り返し観ているが、大島渚によるとトーキー前夜のサイレント時代末期が日本映画の最初の黄金時代だと語っている。「カツベン!」の描く日本映画の黄金時代は、徐々に暗雲に覆われる昭和の軍国主義時代前夜でもある。映画は軍部によって統制下に入ってしまう。日本初のトーキー映画は1931年(昭和6年)の「マダムと女房」だ。ここに描かれる映画の青春時代は実は束の間で、昭和に入って恐らく多くの活動弁士はお払い箱となり、やがて映画の表現の自由も奪われる事になる。この映画のその先を思うと描かれている全てが切ないがそれはさておき楽しい佳作、お勧め。