映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「送還日記」監督キム・ドンウォン at 第七藝術劇場

 1960年代、様々な方法で北朝鮮から韓国に侵入したスパイ達、彼らは過酷な拷問にも屈せず、金日成主義を捨てずに30年以上も投獄されていた。しかし'90年代に入って韓国の太陽政策によって釈放される。彼らを迎え入れる韓国社会の戸惑いと熱狂と反駁を追うドキュメンタリー。いかな拷問に合っても何故に彼らは「転向」しなかったか。それは暴力によって信条を圧迫すればするほど彼らは自尊に目覚めるのだ、という監督の考察は示唆に富む。火あぶりにされてもキリスト像を踏めなかった隠れキリシタンを思わせるが、それは同時に原理としての金日成主義が思想という名の宗教であるとも言い換えられはしないか。 
 映像の中の彼らは30年以上の監獄暮らしによって、現状の北朝鮮を認識しておらず、理想郷としてのその地を滔々と語る。彼らの周りの人々の戸惑いもあれば安直に信奉する連中もいる。親族を北朝鮮に拉致された女性の穏やかで冷静な主張に対し、「ありもしない」と激憤する元スパイがいる。やはり彼らの時計は止まったままだ。が、我々日本人ならはっとする一瞬を目撃する。北朝鮮への送還を求める彼らの集会の中に、あの横田めぐみさんを拉致したシン・ガンスの姿があるからだ。シン・ガンス、彼もまた理想郷の建設に燃えた"純粋な"革命戦士だというのか。キム監督はそのことには触れず、また石丸次郎氏の「(飢餓で国民が苦しむ)北朝鮮の体制に問題がある」という指摘に対する反応は、発する言葉とは裏腹に鈍いものがある。しかし、この監督や、送還を支援する人々が一般的な韓国人の心情(真偽はともかく、70パーセント以上という数字が映像に出てくる)だとしたら、我々日本人は道義的には理解出来ないにせよ、その事情の複雑さを感知せざるを得ない。なにせシン・ガンスを北に帰してしまったのだから。