映画的日乗

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「武士の一分」監督・山田洋次 at MOVIX六甲

原作・藤沢周平+監督・山田洋次による時代劇3作目。
東北の藩、殿様のお毒味役だった三村(木村拓哉)は、不運にも貝の毒にあたってしまい、失明する。三村の上司である島田(坂東三津五郎)は、失業を余儀なくされるであろう三村を藩が手厚く保護することを引き換え条件に、三村の妻、加世(壇れい)に近づき、手篭めにする。が、それを知った三村は「武士の一分」を賭けて島田と決闘する…というお話し。
難しい映画だ。いや、こんな解り易い話しだからこそ、脚本上でいくつかの「分かれ道」の選択を迫られたのではと想像する。山田作品には珍しく脚本家が3人共作となっているのもそのせいか。そのひとつひとつはここに記さないが、「もしここで黙っていたら」「もしここで嘘をついていたら」といくつかの設定を変えることによって人物の心情が劇的に変化した筈だ。しかし、その全てに於いて充分に吟味されたに違いないことが、この映画の完成度の高さによって証明されている。山田監督の呻吟の声が聴こえてきそうなほど、設定の按配は絶妙だ。
目が見えなくなった三村が「蛍が出る頃だのう」と言うシーン、この後の妻とのダイアローグが圧倒的に素晴らしいのだが、「キネマ旬報」'06.12上旬号の山田監督の発言によると、これを考えたのは木村拓哉だったそうだ。ことほど左様に彼の演技に対する解釈は迫真であり、俳優としてステップアップしたことを物語っている。
そんな知力とセンスと松竹伝統の映画技術の結晶としての「武士の一分」は黒光りする黒檀の如き佇まいだ。役者は全員素晴らしい。
ラスト、あの矯めに矯めた演出の「引っ張り方」、流石の練達、脱帽。