映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「ディア・ドクター」監督・西川美和 at シネリーブル神戸

 西川美和監督第3作。
 関東北部あたりの田舎町。診療所に勤務していた医師が失踪する。彼、井野(笑福亭鶴瓶)はこの過疎の村に於いて絶大な信頼を得ていた。村長がスカウトしてきたのだが、実に親身に患者の相談に乗り、時に絶体絶命の老人を救ったりもした。ある日そこへ新任の医師(瑛太)が研修で赴任して来る。最初は田舎の事情にうんざりしていたものの、井野の影響で徐々に医療のあるべき姿を見いだして行く。しかし井野は専門教育を受けた訳でもなく勿論医師免許すらない偽医者なのだった。そんな井野は癌の疑いのあるかづ子(八千草薫)の為に治療の勉強を始める。かづ子の娘(井川遥)は医師なのだが、親身に接するのは他人の井野の方だった。そしてあることをきっかけに井野は失踪する…というお話し。
 過疎地域に於ける医療の問題を問う、という見方も出来る一方、「見た目と肩書き」で人はかくも印象が規定されるものか、というシニカルな寓話でもある。
井野が過去に心臓ペースメーカーのセールスマンで、旧知の製薬会社プロパー(香川照之)から薬を仕入れているからといって、この映画のような「医療行為」が出来るというのは寓話としても「出来過ぎ」である。診療所の医師だから、重傷や重病は大病院への移送で済ます、だから偽医者でも勤まる、という脚本上の「言い訳」も、そんな訳ないでしょう、という気がするがそれでもこの映画が面白いのは偏に鶴瓶のキャラクターに尽きる。西川監督は前作「ゆれる」('06)で木村祐一、デビュー作「蛇イチゴ」('02)で宮迫博之をキャスティング、いずれも既成の俳優陣との絶妙の化学変化を起こさせて成功していたが、今回は「ザ・鶴瓶」と言うべきか(3分の1がアドリブだそうだ)、NHKの彼の番組の延長のような感じが成功している。八千草薫に野球のルールを説明しているシーン、あれは全部アドリブと見た。今でこそ善人の象徴のような印象の鶴瓶だが、'70年代から彼の番組に親しんでいる身からすると、もともとはアナーキーで時に狂気を孕む可笑しさで売って来たお方である。そのアンビバレンスがこの映画で初めて露呈しているのだ。ここでの鶴瓶の全ては見物である。