映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「扉をたたく人」監督トム・マッカーシー at シネリーブル神戸

NYからコネティカットの大学に赴任している教授(リチャード・ジェンキンス)。ピアニストだった妻に先立たれ、ルーティンな講義を淡々とこなし、ピアノを習いつつもその教師をつい妻と比較してクビにしてしまう。そんな少し投げやりな心理状態だった彼だが、NYでの論文発表の仕事で自宅に戻る。そこには大家の手違いで入居していたシリア人の男タレク(ハーズ・スレイマン)とセネガル人の女ゼイナブ(ダナイ・グリラ)がいた。教授は路頭に迷った彼らの居候を許す。タレクはジャンベという太鼓の演奏家で、教授はすぐにその楽器に魅入られついには一緒にセントラルパークの片隅でセッションに参加するまでに。生きる希望に灯が点いた教授だったが、タレクが不法移民の廉で逮捕されてしまう…というお話し。
映画前半、教授がタレクとゼイナブのふたりと初めて食事をするシーン。ゼイナブはイスラムだから酒を飲まない、とタレクは言い彼女は表情を変えず食器の片付けを申し出る。礼儀正しく真面目で狂信的ではないアフリカ女性というキャラクターを描くことで「我々がメディアを通じて見知るアフリカ系、イスラム教のイメージ、あるいは9.11以後の世界的なそれ」を突き崩す。そしてタレク逮捕後にNYに駆けつけるタレクの母親(ヒアム・アッバス)の凛々しさ。教授が音楽を通してエスニックな文化全体に惹かれて行く過程に反比例してNYという世界中の文化を呑み込んでいたコスモポリタンの寛容性が、9.11以降に危機に瀕していることが描かれて行く。
しかし、それでも地下鉄のホームでジャンベを叩く教授の姿を通して、自由と寛容の国の再生を訴えていると思われるラストは、アメリカの未来をポジティブに暗示してはいない(本作は2007年制作)。移民との共生いうファクターに於いては今年の「グラン・トリノ」に比べると相当マイルドだが、テイストは悪くない。
初期のヴェンダースを思わせる、フルショットでNYの街角に佇む人物を捉えるショットがしばしば美しい。

扉をたたく人 [DVD]

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