映画和日乗

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「インビクタス 負けざる者たち」監督クリント・イーストウッド at 109シネマズHAT神戸

1989年、南アフリカの刑務所から釈放されたネルソン・マンデラ(モーガン・フリーマン)は27年もの幽閉を生き抜いて大統領となる。アパルトヘイト=人種隔離政策の撤廃は、黒人にとっては自由への解放だが、白人にとっては失望と恐怖をもたらす。1994年、ラグビーチーム・スプリングボクスは連戦連敗、'95年のワールドカップ開催が南アフリカに決まったのにお先真っ暗な状況だった。マンデラは一計を案じる。スプリングボクスのチームリーダー、フランソワ(マット・デイモン)を大統領官邸に招き、黒人と白人の融和の象徴としてチームの再建を要請する…というお話し。
グラン・トリノ」('09)で自らの俳優キャリアにケリをつけたイーストウッド監督79歳の次なる挑戦は、実に淡々としたカットの積み重ねから始まる。かつて黒人を虐待・抑圧していた公安警察を自らの警護に指名、訝る黒人警護官と共同歩調を取るよう命令する。マンデラは力強いが柔和な表情で彼等に説く。「赦すのだ」。この「赦し」が単にアフリカーナー(南アフリカの白人種)に向けられているのではないことは、のちに気がつく。
予選を順調に勝ち進み、決勝は最強チームNZオール・ブラックス。脚本の展開だけで言えば、弱小おんぼろチームがモチベーションを高めて決勝で勝つ、というこれまでも何度も見て来たプロットである。あまりの淡々とした進行に一抹の不安さえ覚えたが、しかし流石に御大イーストウッドは決勝戦のチケットをフランソワ一家の黒人家政婦が手にするあたりから「仕掛けて」来る。
スタジアムを埋め尽くす6万余人の大観衆、マンデラ大統領の興奮ぶり、それらを見せておきながら、我々はあっと驚く一瞬に遭遇する。突然割り込むように出て来るあの旅客機。未見の方の為にこれ以上は伏せるが、あの下降する不吉な旅客機の登場で、この映画に隠されているひとつの強く巨大なメッセージを感受することになる。
即ちそれは現在の、「9.11」を経て憲政以来初の黒人大統領を頂くアメリカという国に向けられているのである。ここでは平和と融和の象徴へと昇華するという粋な展開を見せるのだが、そこに込められたイーストウッドの祖国への思いに感動を禁じ得ない。
いつも、事の善悪を二分法では割り切らず、そこまでやるかというくらい人間の弱さと残酷さを暴いて来たイーストウッドの、ここでのいくつもの人生の肯定は、彼の新たな到達点として我々はただその姿を見上げるしかない。
佳作、お勧め。