映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「ハート・ロッカー」監督キャスリン・ビグロー at 109シネマズHAT神戸

 '09年度オスカー6冠。
 原題"The Hurt Locker"は「傷ついたロッカー」と訳すのではなく、「棺桶」という意味らしい。
 イラク戦争に於ける爆発物処理班の日々を描く。激しくズーミングするHDキャメラ、複数台のキャメラが縦横無尽に砂漠を、埃っぽい市街地を駆け回る。目まぐるしいカットの連射に、観る者は戦場にいる臨場感を強いられる。登場する米軍の全員が戦闘服であるのに対し、軍人もしくは軍服を着ているイラク人(兵)は皆無である。一見普通のおっさんがテロリストであり、何もしない、とにこやかに手を振る人物が仕掛け爆弾のスイッチを押す。これでは敵が見えないも同然で、一匹狼然とした主人公、ジェームズ軍曹(ジェレミー・レナー)はやたらに煙草を吸い、自らが置かれた状況を肯定することでしか精神を保てない。
 その彼が後半、ある事件から激しい思い込みに囚われる。爆発物処理に於いてあれほど細心かつ大胆な男が、人違い、見込み違いを犯す。所謂、ハリウッドの方程式脚本から逸脱している展開は新鮮に感じる一方、戦争によって精神に異常をきたす帰還兵もの(加害者という意識より被害者であるという意識が優る)というジャンルにまたしても収まってしまった感がある。そして英語を解さない者、異教徒に対してのぞんざいな描き方にハリウッドの限界も感じざるをえない。軍服を着ていない敵相手の戦いなのに現地語通訳がたった1人しか登場しないが(しかもラスト近く)、あれが事実だとすればイラクという国に対して開放ではなく殲滅という意識しかなかったと見るしかない。まして映画だけの描写だとすれば、相変わらず異教徒への排除の論理である。
 各方面絶賛だが、「キネマ旬報」3月下旬号に載った土井敏邦氏の論文には膝を打つ。