映画的日乗

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「SUPER 8」監督J.J.エイブラムス at シネウェーブ六甲

オハイオ州、鉄鋼の町。ある工場で「無事故」記録が塗り替えられ「1」と付け替えられるシーンがオープニング。もうこれだけでエイブラムス監督が「映画的表現をわかっている」監督であることが窺い知れ、居住まいを正しつつ見ていると、母親の葬儀を終えた主人公ジョー(ジョエル・コートニー)の家のテレビがスリーマイル島原発事故を告げる。1979年ということか。「1979年」というテロップなんか見せないセンスの良さ。
そしてジョーに厳しい父親、保安官代理という肩書きのジャクソン(カイル・チャンドラー)がトイレで泣いているところを見てしまうジョー、そこへコモドアーズの「Easy」が被さり、父子がファミレスで「これからのこと」を話し合うシーンに続くところで涙が出そうになった。巧い。
エイブラムス監督、'66年生まれということは同世代。スーパー8のフィルムに妄想と自己顕示欲をぶち込んでいた仲間ということになる。
スーパー8、あの頃1巻600円〜700円だったと思う、3分ちょっと撮影できるコダック8ミリフィルム。恐らく、30代以下の人にはスーパー8が何かも分らないだろう。この映画にはそういう'70〜'80thカルチャーが満載であると同時に、あの頃の、ヴェトナム戦争前後の国家と軍隊への不信がきちんと描かれているのだ。
一方で、ジョーと8ミリの主演女優、アリス(エル・ファニング)の「ロミオとジュリエット」ばりの悲恋、その裏にある家族の確執(ネタバレになるのでこれ以上書かない)の設定の見事さに唸る。
この映画をただのスピルバーグへのオマージュムービーとしか捉えられないのは視野狭窄に過ぎる。ここに登場する8ミリから米軍の秘密フィルム(もうロジャー・コーマン的BC級ホラーそのまんま!)、そしてオマージュを捧げられている数々の映画も含め、アメリカに於ける映画というものをあらためて見直し、紡ぎ直し、フィルムというものを捉え直しているのだ。「SUPER 8」というタイトルには映画の原点、俺たちはスクリーンを目指してここから始めたんだ!という濃密な意味が込められているように感じる。
少年達の映画部屋に貼ってあるポスターは恐らくゾンビ映画の古典ジョージ・A・ロメロ監督「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」('68)、だから彼等がつくるゾンビ映画の刑事役の名はロメロ。このロメロ刑事が活躍する8ミリ映画の完成版(やり口があまりにも自分の中学時代と同じで泣ける)がエンドロールでELOの「Don't Bring Me Down」のあとに流れ、その後ザ・ナックの「My Sharona」がいま一度かかる、嗚呼映画オタク万歳!
エイリアンについては途中でどうでも良くなっちゃうが佳作、貴方がかつての8ミリ少年で40歳代以上なら必見。
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