映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「軍中樂園」監督・ at 梅田ブルク7

大阪アジアン映画祭特別招待作品としての上映。
台湾、国共内戦の末、敗走した蒋介石国民党軍は台湾に渡る。1949年、国民党軍は中共軍との死闘の末、大陸からたった2キロの位置にある金門島を死守。この時、蒋介石は旧日本軍の将校達を作戦指揮に当たらせた話は門田隆将著「この命義に捧ぐ」に詳しいがそれは本編とは別の話。
さてその辺りの毛沢東人民軍と蒋介石国民党軍の対立の歴史は殆ど説明されないまま、映画は1968年の金門島守備軍の入隊の模様から始まる。小宝(阮經天)は海兵隊(本編では海龍蛙兵)に入隊するも泳ぎが不得意で「八三一」に配置転換される。八三一とは軍営の娼館。日本風に言えば慰安所である。ここで出会う様々な娼伎達と、彼女達を巡る愛憎のエピソードが綴られる。嘗て邦画にも「暁の脱走」('50)「春婦伝」('65)、「サンダカン八番娼館('74)などなど沢山の慰安婦もの映画があった。それらに通底する女性達の悲惨な末路を中心に据える構成ではなく、いつもポカンと口を半開きにしている小宝からみた人間模様と純愛を描く。男性達は差別主義者かその反対の純愛純情かという極端なキャラクターばかりだがそれもまた時代なのであろう。
中盤から殺人罪減刑の為に娼婦となったという女(萬茜)と小宝の淡い恋のエピソードが中軸となる。走りながらトンネルを抜け、月下美人を見に行くショットの美しさと切なさには息を呑む。
小宝の上官の、大陸帰郷への強烈な想いは鈕承澤監督の人生に深く根ざしたものであることは充分伝わり、ラストのモノクロシーンは素直に涙した。
1990年までこの娼館があったという、今となっては歴史の恥部、それを怯まず描き、ややファンタジーに逃げたきらいはあるもののそれは現代に提示する為の製作サイドのバランス感覚とも受け取れる。堂々たる力作。


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