映画的日乗

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「ちいさな独裁者」<本国ドイツ・モノクロ版>監督ロベルト・シュヴェンケ at 淀川文化創造館シアターセブン

www.filmgalerie451.de   原題は大尉、英語ではCaptain。日本人観客のレベルの低さに合わせて、この手のものにはセガール沈黙シリーズ並みに「ヒトラーの」と付けたがる配給会社だが流石にユダヤ人迫害やヒトラーの暴虐がテーマではない本作にはそれは付けられなかったものの「独裁者」とまあ身も蓋もないタイトル、おまけにオリジナル原板がモノクロなのに日本だけカラーで公開というガラパゴスぶり。

note.mu ここにはっきり配給会社から「日本の観客向け」にモノクロを避けたと回答されている。つくづく文化民度の低い国だ。それがバレると小規模でオリジナル版を公開する、と。ついでにいうと裸で逃げ惑うドイツ兵と娼婦の股間にぼかしを入れている。つまりこれとてオリジナルを損なっているのだ。アホ。

 さて、そんな国との矜恃の違いがあからさまなドイツ、先の大戦末期に起きた実話の映画化。

 ドイツ国防軍ヘロルト上等兵(マックス・フーバッヒャー)は本隊から脱走、同志と共に農家で略奪しようとするも同志は刺殺される。ちゃんと狙いでモノクロで撮られていることは一目瞭然、アバンタイトル文字は真紅である。

 ヘロルトは空軍将校の軍服を手に入れたところ、また別の下士官と遭遇する。が、この下士官がいとも簡単にヘロルトを大尉と信じたことから始まる地獄行。

 ドイツ人が描くドイツ軍、というとヒロイックな「Uボート」('81)があったが、シュヴェンケ監督はヘロルトを咄嗟の嘘がうまい小物の狡い奴として描き、彼が出会うドイツ将校達を誰一人ヘロルトの本性を見破れない凡人として描く。

 ヘロルトは桃太郎よろしく行く先々で出くわす下士官や一兵卒と合流しては家来のように従えて、やがて脱走兵や略奪者を収容する施設に辿り着く。彼はヒトラー直轄の将校と自称、いとも簡単にこの収容所の実権を掌握してしまう。終戦間際のドサクサ、事なかれ主義と責任回避の判断停止が収容者の大虐殺へと向かわせる。凡庸な権力者、それに従い威を借る者、法を楯に取るも「上からの指示」で目を瞑る者、この映画を目にする者が、私はそのどれでもないと果たして言い切れるか。そして殺される側もまた仲間を殺すことで生き残ろうとする者、それができずに自殺する者、だだ黙って死んで行く者。私達は一体そのどれなのか。忌まわしい出来事を丁寧に描きつつ、問いかけてくるのは「あなたもまた同じ人間だ、違うとは言わせない」という事だ。

 エンドロール、現代に現れたヘロルト一行が街でくつろぐ人々から略奪を繰り返す。つい70年ほど前同じ場所で起きた出来事なのです、笑っちゃうでしょ、でも目をそむけないでと言わんばかりだ。ベルリンに行くとあちこちにナチス時代の蛮行を示す建造物が写真や解説入りで残されている。遺産を破壊してひたすらに醜悪な物体を建て続ける土建優先、芸術を「バカには伝わらないから」と改変したりぼかしを入れる国との違いである。

 佳作、お勧め。