映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「晩菊」監督・成瀬巳喜男 at 京都化博物館フィルムシアター

 

晩菊

晩菊

 

  1954年東宝。成瀬監督の名作「浮雲」はこの次の作品、この「晩菊」と同じ芸者群像を描いた傑作「流れる」は1956年。「晩菊」を観るとこの三本は地続きのような気がしてならない。ヒロイン達にとって、栄華の時代は戦前戦中であり、戦後はひたすらにうらぶれ、虚しいのだ。

 アプレ、ピカドンビルマから生きて帰って、広島まで探しに行って、と戦後8、9年後の東京下町の日常会話。杉村春子の慇懃かつ冷徹な金銭感覚。小津が決まってアッパーミドルの「娘の結婚」を急かしたのに対し、下町の元芸者達は男は信じない、娘の結婚は望まず、息子は溺愛というリアリスト。そして恋に生きる。昔の男が訪ねて来て、氷を砕いてビニールに入れ何をするのかと思ったら頬の火照りを冷ますために顔に当てる杉村春子。「アッチの方はまだ(現役)」という言い方はこの頃既にあったんだね。それと24歳の息子(小泉博)が所構わずママ、ママと母親を呼ぶのも昭和20年代にいたのかと。成瀬らしく、登場する男は総じて凡庸でひ弱。

 「流れる」もそうだが女達の群像劇は女優の質の高さも相まって成瀬演出が冴え渡る。溜め息が出る程見事だ。特にここでは望月優子が圧倒的。ラストのモンローウォークに託された、それでも人は生きて行くという逞しき女性像の体現は、2019年の京都のこのシアターでも拍手が起きた。惚れ惚れする傑作。