映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「その手に触れるまで」監督ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ at シネリーブル神戸

www.imdb.com 出来るだけその新作を公開初日に劇場に駆けつける事にしている監督はイーストウッドとこのダルデンヌ兄弟だけだ。かつてはフランソワ・オゾンもそうだったが、最近はそうでもない。あと一人、奇跡が起きて長谷川和彦が新作を作ったら話は別だが。

 さてダルデンヌ兄弟昨年度カンヌ監督賞受賞作は、イスラム過激派に傾倒する十代の少年が主人公。ベルギーに移住したアラブ系のファミリー、一世はネイティブアラビア語だが二世世代はフランス語、少年は必死でアラビア語コーランを暗喩しようとしている。近所のハラル食料品店のあんちゃんが少年を感化させていて、少年が通う学校(塾のようにも見える)の担任の女性教師が反イスラム的だと吹き込む。信じ込んだ少年は先生をナイフで刺そうとするが失敗。技能研修が受けられる少年院へと送られる。一方、食料品店のあんちゃんはネットの中の導師の影響だと言って責任逃れをする。

 加害者と被害者の再会、は「息子のまなざし」('02)と同じだ。あれも少年院を出た少年が被害者の父親の木工作業場に送られる話だった。本作は「息子のまなざし」に撮り方も似ていて、少年の背後から貼り付くようにキャメラが追いかける。少年の頑なな思い込みが溶解する事はない。それが個人の復讐でも憎悪でもない殺意であるところが恐ろしい。

息子のまなざし [DVD]

息子のまなざし [DVD]

  • 発売日: 2006/10/27
  • メディア: DVD
 

 キネマ旬報6月下旬号のダルデンヌ兄弟のインタビューによると彼らはカソリック信仰を自分の中から締め出した、と語っているのは衝撃だった。更にカソリックユダヤ教への憎悪を非難している。重要なのは本作がイスラム教への攻撃を注意深く避けている点。少年に狙われる教師は客観的には決して反イスラムではない。

 乳牛を飼育する作業場で少年は白人の、彼にとって異教徒の少女に出会う。この少女が彼の心に波風を立たせる。人間としての素直な感情と、脳内の思い込みとの葛藤、いや混乱。この混乱に微かな期待を寄せた私を見透かすかのようにダルデンヌは予測不能な展開へと疾走する。

 やがて、生きることへの渇望に気が付く瞬間がそこに描かれ、神がそれを与えたのではなく、爾の隣人が差し伸べた細やかな愛に眼を開かされる少年。

そして彼は血を流しながら自分の言葉を初めて語る。見事だった。

傑作、お勧め。