映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「日本独立」監督・伊藤俊也 at 大阪ステーションシネマ

nippon-dokuritsu.com 昨年の春、本作の一部分の撮影に立ち会った。

 ロケ地は私の母方の実家で、更に奇遇だったのが演出部スタッフが嘗て私と仕事をした事のある親しい助監督だった。そんな訳で真っさらな気持ちでスクリーンに正対するということは出来ない。

 いざ観てみると幣原喜重郎(石橋蓮司)内閣の重臣の役者の中に知り合いが二人も混じっていて(二人とも素人)これもまた客観的に観ておられず可笑しみの方が優ってしまう。

 撮影時に題として「日本国憲法」と書かれていた台本を読ませて貰っている。その記憶では所々完成本編とは違っていて、印象としてはマイルドな改憲志向になっている。

 嘗てシャープなアクション描写で鳴らした伊藤監督は、丁寧過ぎる程に憲法草案の作成課程が拙速であった事を説明する。また時に登場人物がカメラ目線で滔々と話し続ける。凡そ映画的ではないがそれは勿論確信犯であろう。

 ベアテ・シロタは登場時に名前が記されるが彼女のバックボーンを知らない人には「?」であろう。

www.nwec.jp  キネマ旬報1月号誌上で監督が語っている様に護憲=美しい左翼、改憲=おどろおどろしい右翼という二分法が如何に両者共に現状認識不足か、という点が伊藤監督の主眼である事は伝わって来る。 

 総じて熱演の日本側俳優陣に比べると米国側は俳優陣の力不足で薄っぺらい。在留の非職業俳優だから致し方ない。

復活の日」('80)や「落陽」('92)でハリウッドから招聘した俳優を並べたのとは隔世の感。