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「この世界に残されて」監督トート・バルナバーシュ at テアトル梅田

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 ハンガリー映画バルナバーシュ監督は'77年生まれながらキャリアは豊富、プロデューサーや俳優業もこなすようだ。彼のインタビューを読むとハンガリー映画は全て公的資金によって制作されるらしい。

 1948年のブダペスト。戦後三年、ある婦人科の病院から物語は始まる。

 初潮が来ない、という16歳のクララ(アビゲール・セーケ)を診察するアルド(ハイデュク・カーロイ)。饒舌に話すクララは孤児で、叔母に引き取られている。中年のアルドは一人で住んでいて、アルドに惹かれるクララは家を飛び出してアルドのアパートに入り込む。

 観ている間に徐々に二人がユダヤ人で、強制収容所の生き残りである事が分かってくる構成。その時代を回想シーンで説明しないところが秀逸。

むしろ家族がいた、平和な時代の幻想が描かれる。

 心身共に深く傷ついている二人。ナチスに家族を奪われ生き残ったものの今度はスターリンによって自由を奪われて行く。

 アルドのアパートにも光のないブダペストの街角にも植物のグリーンが無い。

色彩は常に薄く、彼らの心の有り様そのもののようで物悲しい。

 アルドの部屋で悪夢に苛まれるクララは収容所での悲惨な体験を語る。

 世間の誤解も気になるアルドは見合いのような出会いで伴侶を得る。彼もまた妻子をナチに殺されていた事を暗示するアルバムの写真が涙を誘う。クララは失恋するが、若者は立ち直りが早い。

 三年後、アルド夫妻と、同世代の青年と新婚のクララは再会。そこにスターリンの死を伝えるラジオ放送が流れる。微かな微笑みを湛えるアルド。

 この食事会の部屋に差す陽光の明るさ。

 そして仕事に向かうクララを乗せたバス、その窓外に流れる新緑。ここでようやくグリーン。ささやかな幸福と自由の象徴の色として使われていることが分かる。

 1948年の三年後は1951年。ハンガリー動乱はこの四年後の1956年。彼らの幸福と自由は果たして。