元々はオランダの小説、その小説も実際にあった少年少女による放火殺人事件を基に書かれたものらしく、既に欧州各国で映画化されているとのこと。
罪の概念についての普遍性がある物語なのだろう、こうして韓国でも映画化された。日本でもやろうと思えば可能だと思う。
神の意思に背く罪と、殺人を含む人権侵害を罪と規定する法律とは一致する点もあればそうではない点もあるのは自明だろう。
どんなに不遜で傲慢で反倫理的でも法には反しない事案がある。一方、人の命を奪うことは神の意思にも反し、法律にも明確に違反する。
冒頭、高級外車に乗った男の殺人犯罪が描かれ、その被害者を懸命に治療する外科医(チャン・ドンゴン)の倫理と、金持ちの息子たる加害者の弁護を自ら電話して売り込む外科医の兄たる弁護士(ソル・ギョング)の反倫理の対比から物語が始まる。
ここでは神の意思からの距離としての罪が描かれるが、やがてこの兄弟には同時かつ共通に法律上の罪がのしかかって来る。
ホ・ジノ監督の演出は極めて丁寧で観客にとって筋立てが分かりやすい。が、表層としての演技者の言葉(俳優は全員秀逸、見事)だけではない、観ているこちら側への問いかけが矢のようにグサグサと飛んで来る。あなたならどうする、と。あるいはあなたはどっちだ、と。
やがて神の意思から遠ざかろうとしていた兄弁護士が、自ら担当を申し出た冒頭の自動車殺人事件の犯人の、閉廷後の言葉と態度で揺り戻される。ここまで一切の良心が感じられない兄弁護士の変容は、ホ・ジノ監督は丁寧に教会と弟外科医の息子が二本のフライドポテトで十字架を形作る画を見せ、キリスト教に於ける救済を暗示させる。
悔い改めよ、である。
後半のぐるっと兄弟の「神の意思からの距離」が入れ替わる瞬間はとてもスリリング。繰り返すが、俳優達の演技のアンサンブルは見事。
いくつもの神の意思からの離反に、この映画はある罰を与える。劇場は悲鳴が上がった。音の演出が秀逸、佳作、お勧め。