映画和日乗

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映画「道草キッチン」2025年11月公開  

「遠い山なみの光」監督・石川慶 at 宝塚シネ・ピピア

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 カズオ・イシグロは原作だけでなくEPと脚本にもクレジットされていて、製作に深く関わっているようだ。プロデューサーの項目にHiroyuki Ishiguroという名前があり、親族なのかも知れない。その原作は未読だが、書かれたのは本作の設定である1982年とのこと。その1982年の英国の田舎町と1952年の長崎が交差する物語。

キーパーソンは五人の女。英国の田舎町在住の悦子(吉田羊)、その娘でロンドンから帰省しているニキ(カミラ・アイコ)、1952年の悦子(広瀬すず)、その悦子の友人となる佐知子(二階堂ふみ)、佐知子の娘の万里子(鈴木碧桜)。

 ニキは作家志望で、長崎出身の悦子から聞いた被爆体験から戦後までの人生を書き起こそうとする。しかし悦子が「あの頃こんなことがあった」と娘に語るようには描かれず、1952年の悦子が佐知子と出会うきっかけが、まるで異界に引き込まれるかのような印象なので、この点からただの回想ではない事を予見させる構成となっている。

 長崎の団地のセットデザインは見事で、小津映画にしばしば出て来るアパートに色合いも含めてよく似ている。広瀬すずの動態は原節子を想起させ、二階堂ふみは「早春」('56)の岸恵子を想起させる。

団地から見下ろす川辺の、佐知子と万里子の暮らすバラックも異界の入り口のようで、鈴木清順のようだ。また、バラックから見上げる団地は二者の格差を物語る。黒澤の「天国と地獄」('63)である。ここでの二者とは被爆しなかった者(団地)と被爆者(バラック)である。悦子が夫に問う「私が被爆していたら結婚してくれた?」という問いがこの異界が実はパラレルワールドであることを確信させる。時に気かづかないほどゆっくりと人物に寄って行く撮影が素晴らしい。

被爆した悦子がもし被爆していなかったら、が1982年の悦子が娘に語る「もう一つの人生」なのだ。ニキは過去の写真を発見することでそれが母悦子の「記憶のパラレルワールド」である事に気が付く。

 同じく被爆体験を描いた「この世界の片隅に」(2016)では描かれなかった、戦時中の皇民化教育、時の政府への盲信を三浦友和演じる悦子の義父を通じて描かれる。彼の記憶もまた個人の自己都合になっていて、息子に疎まれている事にも気がつかない。

 

 薄れゆく記憶には「こうだったかも知れない」「こうであって欲しい」という恣意が付きまとう。鮮やかなラストショットがそれを肯定し、彼女の未来を暗示している。

しかしこれを書きながら、未だ細部に刻まれたいくつかの謎について思いを巡らせてもいる。佳作、お勧め。