映画和日乗

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「ある男」監督・石川慶 at 大阪ステーションシネマ

映画『ある男』公式サイト | 11月18日(金)全国ロードショー

 平野啓一郎の原作は未読。

絵画に向き合う男の後ろ姿から始まり、田舎の文具店で店番をする女性(安藤サクラ)の涙から物語は始まる。そこへやって来る男(窪田正孝)が絵の具を買い求め、二人は出会う。男は谷口大佑と名乗るが、その死によって彼が谷口大佑ではない事が判明、では一体彼は何者だったのか、を一人の弁護士(妻夫木聡)が追う。

 血の物語と言えよう。実際血まみれの男が一度出て来るがその血ではなく、血縁、あるいはNationとしての血である。血縁を断つ、民族を断つ。それらは「書かれた血」でもある。なにじんか? それは法的な書面によって規定されている。

あなたは誰の子ですか?それも然り。

それらを忌み嫌う人の人生。
 弁護士・城戸の義父のあからさまな差別的思想、スナックのマスターの浅はかな陰謀論。与せずニヤニヤするだけで本心を隠す城戸は「帰化」によってNationを断っている。

しかし谷口大佑はどうか。

法務省:戸籍

戸籍をロンダリングしていた。そのことを城戸に語る詐欺罪で服役している小見浦(柄本明)。最近どの日本映画にも出て来る柄本明だが、ここでの怪しさと凄みは天下一品。関西弁がどうにも駄目だがそれ故に得体の知れなさがいや増す。

 この戸籍のロンダリングの方法が描かれない。そんな事がどうすれば可能なのかは見せて欲しかった。

 弁護士として、あるいは被差別者としての冷静な感情コントロールを保ち続けた城戸をある言葉によって掻き乱す小見浦。石川監督、ここでリアリズムから映画的純度の高い仮構へと転じる力技は見事だった。

 さて。では血は一体何を規定するのであろう。ボクサーだった谷口大佑にトレーナーが不用意に発する「やっぱり血だな」。ここでは陰惨な過去を指すが、人は私を含め不用意、非科学的に日常的にこの言葉に近い事を考え、口にしてしまう。

 冒頭の絵画に再び向き合う事になるのは城戸だけではない。本作を観る者は「どこからか来た」身体としての人間が、記憶と環境によって個人へと形成される事の蓋然性について考えを巡らせる機会を得る。

 佳作、お勧め。