www.imdb.com2018年第71回カンヌ国際映画祭で主演女優賞。
同年の東京フィルメックスでも最優秀。
【レポート】『アイカ(原題)』Q&A | 第19回「東京フィルメックス」
本編を観ている間、フィルム撮影か?いやまさかと思っていたが、この記事の監督インタビューによると半分16ミリで撮ったと。
中央アジア今昔映画祭の一本。
マトリョーシカ人形のような、着ぐるみに巻かれた新生児たちがガラガラと台に乗せられて運ばれて行くオープニング。
幸福な筈の赤ちゃんの誕生が、台車の軋む音が強調されていて不吉な予感に転じる。
そしてその中の一人を産んだ母親アイカ(サマル・エスリャモワ)の怒涛の逃走と闘争が幕を開ける。
子を置き去りにしてどこへ向かうのか、観客は知らされない。まして雪深いその場所がどこなのかも知らされない。徐々に判明する彼女の置かれた立場。そして彼女が彷徨っている街が巨大都市モスクワであることが見えて来る。
ダルデンヌ兄弟「ロゼッタ」('99)を彷彿とさせる展開。日常的な騒音を強調したり、ヒロインの顔をひたすらアップで追いかける撮影もダルデンヌを想起する。が、モスクワに於けるキルギス移民の立場はより過酷である。
https://www.kg.emb-japan.go.jp/files/100131588.pdf
これによると中央アジア最貧国であることが分かる。ロシアからの借款を帳消しにしてもらいながら更に中国から借金。国民の主たる稼ぎはロシアへの出稼ぎ。
そうか。
この映画のヒロイン・アイカはキルギスという国そのものなのだ。
キルギス移民、本編では就労ビザの切れた不法滞在移民は畳一畳ほどに仕切られたタコ部屋に住み、働いている獣医院でも狭い部屋に押し込められている。キャメラはアップとバストショットを多用し、その狭さを抉る。
一方、稀に引きの広い画になるのはモスクワの高い建物だったり、広い道路だったり。この広さと狭さはそのままロシアとそれ以外の中央アジアの経済格差と重なる。
観ている間中次から次へと彼女を襲う非業に、アイカ、生きてくれ、生き延びてくれと祈るような気持ちにさえなる。
壁一つ向こうの華やかで豊かなモスクワ。獣医院で手厚く看護される犬、その犬の血を拭くアイカ。犬以下の自分。
母犬の乳を含む子犬達、その裏部屋で赤ん坊に吸われることのない乳を無理やり絞るアイカ。
追い詰める借金取りのヤクザ、起死回生、アイカが取った手段。終始一貫突っ張り通した彼女の感情が堰を切るラスト、その先の展開の答えはない。
主演サマル・エスリャモワ、忘れえぬ名演。
カンヌの喝采、
エスリャモワ主演賞受賞の瞬間が見られる動画。呆然として一言も発しない。
日本では映画祭でしか公開されていないのは理不尽とすら思う傑作。お勧め。