平松恵美子監督は「あの日のオルガン」(2019)がとても良かった。
本作のエンドロール、スタッフの最初に出てくるのは「プロデューサー 平松恵美子」で最後に出てくるのが「監督・脚本 平松恵美子」。
現場の全てを背負い、画面の隅々まで忖度の神経が張り巡らされている。
誰に対する忖度か。スポンサーと行政である。無意味な街中の追っかけシーンに登場するサッカーだかラグビーだかの選手達(台詞あり)、エンドロールにしっかり名前が。
一方、MEGUMIのスケジュールが殆どなかったのであろう、設定が不自然。障害を持つ長男を置いて家を出てしまい、アル中の父親に代わって妹に長男の世話を押し付ける。母親MEGUMIは途中まで父親にも子供達にも行方知れず、これまた唐突に現れる地元岡山県出身の歌手(俳優としては素人)からその居場所を知らされる。フランスにいて葉書の一枚、メールの一通も出さないのか。心を病んでいるからといってそれは不自然だし、不自然を隠すための心の病だろう。
地元出身枠が決まっているのか、元フィギュアスケート選手やら他にも素人が堂々キャスティングされてこれでは素人名人会である。いや事情は想像がつくけれど。
花火大会の運営費、散々議題に上がるのにしれっと開催される。どうなったのだろう。
エンドロールで「美観地区での花火はできません」と出てくるが、さすればストーリーがそもそも成立しないはず。エンドロールのことばかり書いているが、苦心惨憺、絶えなかったであろう気苦労などがそこにありあり刻まれていてこれほどエンドロールが目に沁みる映画はない。
その昔、平松監督の仕事場であった松竹の「寅さん」や「釣りバカ」の併映作は地方の若者が主役のコメディが相場だった。それらはどれも相当にダサい作りだったが、シンプルに90分前後にまとめられていたものだ。本作もそれを踏襲しているもののシンプルさに欠ける。いやしかし痛いほど分かる、忖度が。
平日の大阪、劇場は七分の入り、お客が入っているなら万々歳。