1959年ジャン=リュック・ゴダール監督の「勝手にしやがれ」誕生前夜から映画の完成までを描く。
リチャード・リンクレイター監督は1960年生まれ。ということはヌーベルヴァーグの時代は幼児期。1964年生まれの私は「勝手にしやがれ」を15歳の時に神戸三宮の阪急文化で観ている。当然リバイバル上映。
当時観た感想は割とはっきり憶えていて、既にゴダールに影響を受けた「ヌーヴェルヴァーグ後」の映画やテレビドラマ、そしてCMを無意識にたくさん観ていたのだと気付かされたことだ。
恐らくシネアストのリンクレイター監督もそう思ったはずである。この人はアメリカン・ニューシネマの代表作「さらば冬のかもめ」('73)の「その後」を「30年後の同窓会」(2017)として創作してしまった筋金入りである。
そんな訳で、今回は実に楽しそうにゴダールと当時のフランス映画業界を描いている。
俳優もちゃんと似せていて、撮り方(画角はスタンダード)、更には画面右上にフィルムチェンジを示すパンチマークまで入れる遊び心。音声もプチプチと雑音を入れてみたりと嬉々としてフィルム上映の時代を再現している。
撮影中に「地下鉄の駅で何か撮影やってる」と覗きに行くゴダール達、そこではブレッソンが「スリ」の撮影真っ最中。そうか1959年なんだね、ちゃんと「史実」なのだ。
トリュフォー、ロメール、シャブロル、そして先輩格のメルヴィル。
大森一樹「暗くなるまで待てない!」('75)の中の台詞「ヌーヴェルヴァーグはシャブロルの叔母さんの遺産から始まった」を思い出す。
「勝手にしやがれ」クランクイン直前にイタリア人のロベルト・ロッセリーニが現れ、ゴダールに撮影方法の啓示を与える。ロッセリーニ、フランス語を喋っていたがWikiにその理由が書かれていた。
3週間の撮影中は映画の楽園、本当に楽しそうで、青春で、苦悩と焦燥の果てに産まれた映画の革命の金字塔。
観る人を選ぶ映画、劇場は五分の入り、訳がわからないのか熟睡している人もいた。
時代を知る人には楽しくて仕方がないと思う、知らない人は配信観て、山田宏一読んで、みて。
ジャン=リュック・ゴダール「勝手にしやがれ」「気狂いピエロ」2作連続上映 リチャード・リンクレイター「ヌーベルバーグ」公開記念 : 映画ニュース - 映画.com


