映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

映画「道草キッチン」2025年11月公開  

「驟雨」監督・成瀬巳喜男 at シネ・ヌーヴォ

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「生誕120年 成瀬巳喜男レトロスペクティブ」の一本。

長年見逃していたがようやく対峙。1956年東宝作品。

戦後10年の小田急梅ヶ丘駅界隈の風景が興味深い。駅前には映画館もある。

結婚四年目だという佐野周二原節子の夫婦、佐野は理屈っぽく、常に原に上からものを言う。

隣に引っ越して来た小林桂樹と根岸明美の歳の差新婚カップルは正反対、小林は妻の言いなりである。

この二組の対比を交えながらどうという事のない日々を細々と描く。

中古智美術監督の、平屋の室内に所狭しと物を置くようなセットデザイン。

小林が引越しの挨拶にと原に「そば券」なるものを手渡す。蕎麦屋のギフトカードか。貰った原が美しい東京言葉で「そんなお堅いことなさらなくても」と応える。

こんな言い回し、もう廃れてしまった。原節子はどの映画でも美しい日本語を話す。

この時代の、成城地区のアッパーミドルのマウント合戦はストレスフルで、原節子に懐いている野良犬に靴を持って行かれたと怒鳴り込むマダムは「犬殺しに来てもらって」と言い放つ。強烈な文言だが犬殺しとは保健所の事らしい。そういえば50年前は神戸でも野犬狩りの罠が空き地に置いてあったものだ。

また、その犬が幼稚園の鶏を噛んだとかで幼稚園長が原に死んだ鶏をそのまま持って来て引き取ってと言う。これを原は突然来訪した夫の同僚にすき焼きにして食べさせる。と言うことはあの時代の成城の主婦は鶏を捌く事が出来たという事か。

原作が戯曲だからか、原節子も姪っ子の香川京子もよく喋る。新婚旅行で新郎と相性が悪かったと不満をぶちまける香川に「男なんてそんなもの」と夫の前で言い放つ原。

 会社をリストラされ、ストレスで胃をやられて精神的にも病み始めた佐野と「外に働きに出たい」と直訴する原の決定的な齟齬の喧嘩、その翌日に届く香川京子からの手紙には新郎との仲睦まじいツーショット写真が同封されている。「何だ女なんてそんなもの」などとは言わない、台詞を廃した成瀬巳喜男演出は、一個の紙風船を使ってこの別れかかった夫婦を「元の鞘」へと導く。巧い。巧過ぎる。

名作「浮雲」('55)の後、傑作「流れる」('56)の前の一本。成瀬円熟期の佳作。