The Banshees of Inisherin | Searchlight Pictures
本年度オスカー9部門ノミネート。マクドナー監督は脚本も兼任、もともとは戯曲で、それをリライトしたとのこと。
イニシェリン島とは架空の島だが、アイルランドのアラン諸島の一部という設定らしい。
一体いつの時代の話なのだろうと観ていると、1923年4月のカレンダーが出て来る。
Executions during the Irish Civil War – The Irish Story
↑これらによると、1923年のアイルランド、内戦や軍人の処刑が行われていた事が本作と一致する。
がしかし本作はそういう時代のリアリズムはロケーションであり衣裳であり言葉だけで、それらはあくまで舞台装置に過ぎない。マクドナー監督はこの舞台に於いて奇妙な、どこにもない世界を提示する。
島という閉ざされた世界、パードリック(コリン・ファレル)がコルム(ブレンダン・グリーソン)に絶交を言い渡されるところから物語は始まる。
いかにも小心で凡庸なバードリック、対して音楽を奏で、作曲までするコルム、部屋には何故か日本の能面が吊るされている。
二人を繋いているのはパブでの日々の会話だったが、ある日を境にコルムから人生の残り時間を理由に一方的に拒絶されたのだ。
そうかい、まあいいや。で終わらず、パードリックは拒絶されればされるほどあの手この手でコルムに近づこうとする。コルムの絶交の決心は固く、その証としてとんでもない自傷行為を実行する。
観ていて気が付いたのは登場人物の誰にもパートナーがいない事。パードリックは独身の妹と暮らし、その妹も島を捨てて出て行く。
コルムはひとり暮らし。過去は分からない。もう一人の登場人物である暴力的な警官には知的障害の息子がいるが、妻は描かれない。
そしてパードリックはロバを愛し、コルムは犬を愛している。
家族の不在。小さな島の閉鎖空間でさえ諍いを解決できず、各々が孤独で人間不信という愛の不在。時折本土から聴こえる砲声。
アイルランド内戦、といっても全欧からすれば小さな島の内戦。
さらに小さなイニシェリン島でさえ諍いが終わらない。それも相当馬鹿馬鹿しい諍いである。
現代のどの国にも発生してしまった対立、分断の象徴としての愛の不在が描かれているように見えて仕方がない。
観終わってどんよりとした気分になるが、それはパードリックという男の精神の断片が自己に内在している事を悟らざるを得ないからである。そしてコルムという永遠の他人もまたそこいら中にいる事も、だ。
佳作、お勧め。