1991年のポーランドが舞台。原作があり、実話が基になっているとのこと。
wikiによると、この年ポーランド政府は日本や西側諸国に食糧支援を強く要請し飢饉を逃れた、とある。
本作でも家財道具を無理やり売りつけようとする女性や家賃を払えないアパートの住人が登場して時代背景を物語っていた。高名な映画大学のあるウッチや古都クラクフも荒涼とした印象だ。
そんな時代にNYからこの国に帰郷する父娘、呑気な観光旅行ではない。本作では分かりやすくドイツ語読みのアウシュビッツと言われているが現地ではオシフィェンチムと呼ばれる筈だ。そこを目指す、父の過去を巡る旅である。
少し前に「ブラック・サンデー」('77)のリマスターBlu-rayが出て、それを見ていたら負傷したモサド将校(ロバート・ショー)が病床で同僚と話すシーンで二の腕に数字の刺青が入っているのが確認できた。今まで気がつかなかったのか、忘れていたのか。
いずれにせよ彼の将校が幼き頃強制収容所にいた事を物語っている。
本作ではこの数字の刺青がより精神的な痛みとして描かれる。
父エデク(スティーブン・フライ)の腕の数字はぼんやりとしか映らないが、娘ルーシー(レナ・ダナム、プロデュース兼任)は浴室で自ら腕に数字を刻む。これは亡き母親の数字なのか。
説明はされないものの米国生まれのルーシーが物見遊山で自分のルーツを探っているのではないことを物語る。
2017年3月に私もそこへ行った。

焼けこげたような匂いが、どの室内にも残っていた記憶がある。

だが、本作でエデクは「あの頃の匂いがしない」と言う。
それは私が嗅いだ匂いと違う種類のもっと不快なものだったのか。
辛い体験をした父エデクが気ままで陽気、豊かに育った筈の娘ルーシーが神経質で内向的、という対比。
一人で元の両親の実家を訪ねた娘に父は言う「なんでお前の旅について来たか。1946年にポーランドの自宅に戻ったユダヤ人が殺された事件があったから」だと。
本や資料からの知識しかない「ジャーナリスト」の娘は、人間の本質的な我欲に気が及ばない。家賃すら払えない貧しい今の住人がドル欲しさにエデク一家の家財道具を売る事と、「自分の一族のものを取り戻す」とドル札を切るルーシーにとっての正義とのズレ。
飢えと貧困に苦しんだ筈のかつてのユダヤ人と、彼らを追い出すことに協力したポーランド人の立場の逆転。加害と被害の間に横たわる終わりなき分断。
父と娘の協調に収斂するも、刻まれた数字は永遠に消えない寂寥。
クラクフのホテルでエデクにアタックしてくる姐さん達、あれ私も同じことあった。あの国では普通なのか。
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