映画の中身を説明してしまっている身も蓋もない邦題だが、洋画不振の今こうでもしないと、ということか。
原題は「Waves」=波。自由と民主主義を渇望する民衆の「波」とラジオ電波の「波」のWミーニングだろう。粋だな。
プラハの春、というと即座に思い出すのが「存在の耐えられない軽さ」('87)
あちらはハリウッド資本、英語台詞だったが本作は当事国チェコのスタッフ、キャスト、チェコ語でつくられた「純正」。
監督のイジー・マードルは俳優出身、資料によると1986年生まれとのことなのでギリギリ共産時代のチェコスロバキアを知っているかも知れないが「プラハの春」の実際は知る由もない。それもあってか丁寧にカットを割って時系列で1967年から68年の薄陽が差した時代、そしてそれが暗転した時を当時のフィルムを挟みながら描く。
ラジオ局が舞台、たとえ共産圏でも電波メディアは時代の最先端だったようでパーティやら職場恋愛やら慎ましいながらも華やかだ。
ヴァイナー(スタニスラフ・マイエフ)は往年の久米宏ばりに政府に楯突く報道キャスター。自由で公正な選挙を希求する報道姿勢は当然当局から睨まれる。事の発端は彼の報道姿勢だが、本作が面白いのは電信局に勤めるエンジニアでノンポリのトマシュ(ヴォイチェフ・ヴォドホツキー)が、上司から勧められてラジオ局に転任し、ヴァイナーと共に働く事で結果的に当局のスパイに仕立て上げられてしまうという展開だ。
ノンポリのはずのトマシュがスパイにされてしまったことを悔いて反権力へと転じる。先んじて政治活動にのめり込んでいた弟を救う為に、エンジニアとしてのスキルを発揮する後半はなかなかサスペンスフル。
様々な暴力が言葉で語られ直接の描写を避けていながら、ソ連軍の蹂躙で若者が虐殺された事を知ったトマシュが現場に駆けつけた時、マードル監督は無惨な死体をここぞと見せつける。一方、トマシュはそこに弟がいなかったことに安堵するというパラドックス。
史実から結果は分かってはいる。ソ連=ロシア=プーチン的地政学は「いつの時代もやり口は同じ」なことを照らし合わせればウクライナ情勢もまた予断は許されない。本作が今つくられて、観られる意義はそこにある。
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