映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

港区南青山2「リストランテ・アクアパッツァ」

acqua-pazza.jpwith 「みとりし 」メンバー

日高シェフに全てお任せ。鮎のコンフィほか。相変わらず気合いの入った絶品。

にほんブログ村 グルメブログ 各国料理(グルメ)へ
にほんブログ村

アジエンタ・アグリコーラ・イソラ・ラヴァイエ'16

aziendaagricolaisola.it

「ワイルドライフ」監督ポール・ダノ at 恵比寿ガーデンシネマ

www.ifcfilms.com  俳優ポール・ダノ監督第1作。

1960年のモンタナ州、質素な秋の風景をフィックスを多用した落ち着いたキャメラでとらえる。14歳の少年ジョー(エド・オクセンボールド)はいつも口を半開きにして喜怒哀楽を見せない茫洋とした風情。まだ何になりたいのかわからない、とも言う。父親ジェリー(ジェイク・ギンレイホール )はゴルフ場で働いていて、愛する息子を伴ってグリーンの片づけなどをしているがクビになる。妻ジャネット(キャリー・マリガン)はそんな夫を慰め、励ます。この何も無さそうな田舎町に住む夫婦はどこか他の土地から移住して来たばかりで、やがてジェリーは割と職を転々としていることが分かる。ゴルフ場から復職の連絡があるがジェリーはプライドを傷つけられた、と断る。ここからこの男の軽い鬱のような症状が露わになり、なるほど職を転々として来た素因が見え、遂には山火事消火の時給1ドルの半ばボランティアに出奔してしまい、妻と子は置き去りにされる。夫がいなくなると妻ジャネットは女としての性が剥き出しになり、息子に最近の夫婦生活を愚痴ったり、平気で浮気をしたり。

 リチャード・フォードの小説が原作とあって、ゴルフ、山火事、壊れたテレビを見続ける、海のない土地の水泳コーチ、足の悪い退役軍人との情事、とアメリカ文学的な記号性が際立っていてリアリズムは放棄されている。息子ジョーにとっては殴る蹴るの暴力と同等くらいに心的に傷つけられているように見えるこの両親の在りようだが、彼は決して心情を爆発させず、グレず、恋にも目もくれず、むしろ夫婦の復縁を願ってやまないあたりは泣かせる。ええ子過ぎて、なんでこの夫婦からこの子がと思ってしまう。彼が写真館でアルバイトをし始めるあたりからエンディングは見えていたが予想通りだった。

 一人っ子家庭と、妻の浮気相手の四人がメインキャスト、アメリカ映画も大作以外は予算削減で段々日本映画化して来た。悪い映画ではないが、だからどうしたという感じ。

「新聞記者」監督・藤井道人 at MOVIXあまがさき

shimbunkisha.jp  今一番の話題作と言っても過言ではないだろう。MOVIXあまがさき、平日昼の回満席近い。

 前半は既に報道されている昨今の政治スキャンダルのコラージュ、後半はフィクション性が強化されて飛躍する展開。ちょっとガラパゴスなのは官邸の不正義行使の知識が無い観客、平たく言えば海外の映画祭などで観る観客には分かりにくいかも知れない。

 藤井監督はカットバックを多用、同時刻に展開するマスコミ側と官僚側を交互に描く手法を取る。また世代の継承、新聞記者吉岡(シム・ウンギョン)の親子関係と官僚杉原(松坂桃李)と生まれたばかりの我が子も相対していて、正義に生きるか保身で家庭=子供を守るかの逡巡がクライマックスに繋がる構成。保身で家庭を守ったはずの杉原の上司・神崎(高橋和也、好演)の自死も杉原の行動のモチベーションとなっている。

 無駄なカットが無くスリリングな展開だが、杉原の妻のあまりの物分かりの良さは平板な印象。アメリカなら離婚でしょう。またこの不正義、政治腐敗の頂点にいる人間の顔、声すらも一瞬たりとも見えない聴こえないのも隔靴掻痒。

 現政権への痛烈な批判故、製作・上映が危ぶまれた、という宣伝文句は素直には信じられない。というのも、この映画出資社の筆頭にVAPという日本テレビ系列出資の会社がクレジットされており、圧力があったとすればここはまず出資しないだろう。脚本読まずに出資する訳ない。また、誰も指摘しないが本編にしばしば登場する総理官邸前の交差点のシーン、背景に警察車輌や警察官が映り込んでいるカットまであったがあそこは普通撮影許可出ない。ましてやこの内容なら尚更。「太陽を盗んだ男」('79)の国会議事堂前ロケは全て無許可撮影だったのは有名な話だが、松坂桃李とシム・ウンギョンが走ったり、田中哲司が仁王立ちしていたりそんな芝居を許可無しには撮れないはずだ。どこかに精巧なロケセットを組んでやっていたのなら話は別だが、あれは撮影許可出ている筈だ。と、いうことは?色々裏目読み的な想像が逞しくなってしまう。日本テレビが放映権を持つ日本アカデミー賞、果てさて来年本作をどう扱うか。