
皿うどん。たまに食べたくなる中央軒。「ポンガラカレー」が無くなっていた
制作はWOWOW、撮影所は東映京都というコラボレーションでNHKが昨年放送したドラマを映画仕様にしての上映。
1972年の日本をどう描いているのか興味があった。なるほど東映京都のセットは見事にあの頃の時代の色を再現している。
全国に点在する原子爆弾の被爆者の声を集める男・辻原(本木雅弘)。
現在なら手軽なビデオカメラやスマホでそれは可能だが、当時は重く嵩張るオープンリールのデッキを持ち歩きながらの行脚である。
ふと気になってカセットデッキ式(デンスケと呼ばれた)はいつ出来たのかと検索したら1973年とのこと。
辻原がある被爆者からの声の録音を断られるシーンがオープニング。
そんな事の後、被爆者の集まりの会の女性に紹介された一人の長崎での被爆者、東京に住む久野(阿部サダヲ)。
久野は不自由な体だが、雄弁だった。その鮮明な記憶を語る姿に観ていて感情移入を禁じ得ない。が、辻原は既に膨大な証言を集めていて、久野の話しにある疑義を抱く。
ここから「被爆者の声を集める執念」「壮絶な被曝体験」「平和こそ大義」というステレオタイプの反戦被爆ドラマがミステリーへと転換していく。
柴田監督は、嵐の夜でも窓の開いたままの部屋で食事を摂る久野姉弟という不条理なシーンを挟むことで、このミステリーの真相解明のヒントを与える。
被爆者の声を集める辻原だが、タイトルは「声を運ぶ」となっている。本編を観ている間にその意味は掴めて行く。それを決定的にするのが、辻原の勤めるキャバレーのホステス(石橋静河、好演)である。広島で被爆した亡母の声を辻原は録っていた。
このテープを、じっと聴き入る娘。
聴き終わった後の娘の台詞が良い。「子供を授かったら、子供にも聴かせる」。
辻原の仕事の意義はここにあった。
丁寧な音の演出が見事。しばしば挟まれる水滴の音は、あの時水を求めていた犠牲者の「亡き声」なのかも知れない。
心に残る佳作。
「生きてりゃいいさ 河島英五伝」映画化プロジェクト
開始から3週間で100万円を突破しました。
サイト左下から賛助して頂いた方からの応援メッセージが読めます。
河島英五の歌への熱い想い、映画化への期待など
監督として身の引き締まる思いです、
ファンディングはまだまだ途上です、引き続きご支援をお願い致します。
毎日放送で情報交換の会合。
河島英五の楽曲の一部はMBS傘下のミリカミュージックが管理している。
三十歳代の社員さんは全員河島英五を知らなかった。
「酒と泪と男と女」も聴いたことすらないらしい。
河島英五が亡くなったのが2001年。今年で没後25年。そういうことだ。
毎日放送、9月からMBSに社名変更 「今後の方向性を社名に反映」:朝日新聞
社員の皆さんから「毎日放送」と書かれた最後の名刺です、と記念品のように頂く。
9月12日土曜 あさ6:00オンエア分の収録に参加。
ABCラジオに出るのは30数年ぶりだと思う。
てっちゃん先生のクイズに答えられず臍を噛む。悔しい
https://www.instagram.com/lefthandedgirlfilm/
「フロリダ・プロジェクト」(2017)「アノーラ」(2024)のショーン・ベイカー監督のビジネスパートナー、ツォウ・シーチン監督のデビュー作。
ツォウ監督の故国台湾、台北が舞台。
どこかの地方から車で台北にやって来た三人の女性の喧しいトークから始まる。キャメラはiPhoneで撮影、その機動力が雑然とした台北のストリートによく似合う。
やがて三人の女性の関係が親子である事が分かって来るが、最年少の女の子宣静(葉子綺)と、その姉と思しき宣安(馬士媛)は相当年齢が離れていて、果たして同じ父親なのかどうかと疑問を残しつつ(そしてそれは映画の後半で解決する)、とりあえず働いて食っていかなければならない困窮ぶりが描かれる。しかし、宣静はそんな大人たちの事情とは別に縦横無尽にストリートを駆け抜ける。iPhoneキャメラは時に彼女の背の高さから世界を見つめ、捉える。
演じている葉子綺は撮影当時6歳だったとのこと。有り体な表現しかできないが、本当に可愛い。
https://www.facebook.com/qmorenina/
演出が繊細かつ力強いので葉子綺の演技もとても自然体、子役のわざとらしさが無い。
この子が宣安に怒られて泣くところで可哀想やと釣られて泣いてしまいたくなったほど感情移入を促す名演。
「やましさ」についての映画である。
宣安の母(蔡淑臻)は甲斐性の無い死にかけの男のヒモ、宣安の祖母は非合法なビジネスの片棒を担いでいる。そして宣安もまた男関係がだらしない。
無垢の象徴のような宣静も、祖父が彼女の左利きを強制的に右利きにしようとしたが為に万引きを繰り返す。
祖父はただの旧態依然、他の男は大抵だらしがない。ただ一人、ええ人過ぎる香具師の兄ちゃんが何かと彼女達の窮状を助ける。寅さんだね。
台湾の、いや中華圏の大家族主義はこれまでも数多映画で描かれてきたが、本作では祖母の還暦祝いの宴会がその象徴となる。金で繋がる一族の「やましさ」を一掃しようと試みる宣安の「ぶちまけぶり」は「家族ゲーム」('83)で食卓をひっくり返す松田優作のような衝撃だ。まさに卓袱台返し。
上海に移住したという親族だけが裕福そうに見えるのは、今の台湾と大陸の関係を象徴しているように見える。
宣安が運転するスクーターに相乗りする宣静の笑顔がとても可愛らしくて目に焼き付く。
困窮も旧癖の害も、だめんずだらけの掃き溜めも、あの少女の笑顔と逞しさが凌駕する。この映画に出逢えた幸福感は尋常ではない。
佳作、お勧め。また台湾行きたい!