映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「リップヴァンウィンクルの花嫁」監督・岩井俊二 at 梅田ブルク7

七海(黒木華)と真白(Cocco)が無駄に大きい屋敷で共同生活を始め、真白が明け方に「銀座で呑んで」帰って来た、というシーンで強烈な既視感に襲われた。そうだクロード・ガニオンの「Keiko」('79)だ。「Keiko」ではラストに因習的に結婚して行くのに対し、この映画は反因習的結婚から始まる(そして因習によって破綻する)。「Keiko」ではヒロインの結婚によって女二人の共同生活(確か同性愛だった)が終わるのだが、今作で離脱するのはヒロインの方ではない、逆。京都が舞台だった「Keiko」がベースになっている2016年版の新・東京物語。ヒロイン七海は遭遇する全ての事柄に受け身で、岩手県花巻市の出身という設定だがその馬鹿さ加減に苛立つ。自分で考えて能動的に行動するのはすっからかんになってビジネスホテルで働き始める程度だ。この、現代の若年層の脆弱を突き放して見つめる視線は、前年の「恋人たち」の都会の底辺で足掻く人々への寄り添い方よりはシンパシーを感じた。