映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「八重子のハミング」監督・佐々部清 at 宝塚シネピピア

yaeko-humming.jp愛のかたちというものは様々で、出会いも別れも各々の記憶の奥底に沈殿している肌の温もりと労わりあう感情で支えられる、ということを描いている映画である。

こういうかたちになり得ることが、個人的には想像がつかない。ミヒャエル・ハネケの「愛、アムール」('12)を想起するが、あちらの方が私には得心が行く。が、「八重子」は事実の映画化であるという。高橋洋子が、アルツハイマーの症状が進行していく様を微細に演じていく佇まいは秀逸。若い時代から老老介護に至るまでの時間経過を違和感なく見られたのはメイクアップが見事だったから。撮影が13日間と聞いて、同じような境遇で映画をつくっている身としては製作費の想像がつくので身につまされる。

文音はお母さん(志穂美悦子)に似てきたなぁ。

 

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「アウトレイジ 最終章」監督・北野武 at 109シネマズHAT神戸

outrage-movie.jp

このシリーズ、2作目「ビヨンド」('12)が好きだった。3作目があるとは想像していなかったが旧知のスタッフとの縁で今年初め頃の神戸ロケを見学させて頂き、そのスピーディな演出と一枚岩のスタッフワークを目の当たりにして期待が高まった。ちなみに見学させて頂いたシーンは全て本編に生かされていた。
さて。ピエール瀧のヤクザ姿は堂には入っていたものの、シリーズ生き残り組、特に花菱会上層部の「動けない」不自由は否めない。一方、「ビヨンド」で惚れ惚れするほどシャープな動きだった高橋克典のようなキャラクターが今回はいない。ただ一人、金髪の下っ端組員が意外な行動に出るくだりは往年の北野映画のシャープさの片鱗を感じた。

世代交代が出来ず、人材不足という日本社会全体の課題がこの映画の構造に重なる。また「ソナチネ」('93)とところどころ重なるモチーフとシーンの存在に、まさしく北野武監督がヤクザ社会を描くピリオドでもあると感じた。

 

 

 

「エタナティ 永遠の花たちへ」監督トラン・アン・ユン at シネリーブル神戸

eternity-movie.jpノルウェイの森」以来6年ぶりのトラン・アン・ユン監督作品。撮影監督は前作に引き続き台湾の李屏賓。「ノルウェイの森」とは違うキラキラなデジタル撮影。

19世紀のフランス、裕福な家庭の三代に渡る家族の物語、いや物語はさほど語られる訳ではなくやたら子沢山で、その子供たちが戦争、病で死んでいく。更には自殺なのか事故なのかわからないような死に方をする成人も。その繰り返しと、生まれてくる赤ん坊の柔肌を愛でるかのようなキャメラでこのままどこまでこの調子で行くのだろうか、と不安になる程だが、徐々に気配として感じられる死が死を呼ぶ幽玄、あるいは死者の生まれ変わりのように生まれる赤ん坊の転生など泰然とした死生観が伝わってくる。

最小限の台詞、これから起こることを先に述べるナレーション、全編を覆い尽くすクラシック音楽。それらを愛でるしかない。エンディング近く、恋の予感ににっこり微笑む少女のアップに痺れた。

 

「ブルーム・オブ・イエスタディ」監督クリス・クラウス at Bunkamura ル・シネマ

ナチスドイツの加害者の孫と被害者の孫が、件の虐殺を研究する学会で出会い、反発し、やがて惹かれ会うというナチスの犯罪を現代の舞台に持ち込み、かつ若い世代に仮託して描くというアイデアは秀逸で、キャメラもなかなか素敵だ。しかし、ドイツ的なるものを徹底して排除するヒロインは、極東の国の観客には過剰に神経質な人にこそ見えても、笑いの対象にはなりにくい。対する男の「事情」も、だ。ウディ・アレンならと脳裏をかすめたが、つくっている監督と対象の距離が近過ぎるのかも知れない。エンディングは爽やか。

「オン・ザ・ミルキーロード」監督エミール・クストリッツァ at TOHOシネマズ西宮OS

 セルビア語映画だが、地理的には曖昧な土地が舞台。けたたましい動物たちの声、そして睥睨するハヤブサ

 豚は肉になり、屠殺された豚の血で鵞鳥は入浴し、血の匂いに満ちた鵞鳥に蝿が集る。

 ロバを脅しハイスピードで這い回る蛇もハヤブサの爪に押さえつけられる。そんな村で乳搾りをする男コスタ(クストリッツァ監督兼任)は、戦争で父を斬殺されそのショックで精神を患っている。ロバに跨り遠くの町にミルクを運ぶ道々に雨あられと銃弾が注がれ、爆撃が続く。

 泥沼のボスニア紛争がモチーフであることは自明だ。狙撃、惨殺と殺戮の限りを尽くす軍隊をリアリズムで描き、純愛を得たコスタと花嫁(モニカ・ベルッチ)は、天上の神と動物たちの精霊に守られながら逃避行をするというファンタズムで描かれる。この融合の見事さはフェリーニ亡き後クストリッツァにしかなし得ない。

力強いが哀愁を湛えたジプシーブラスは止むことはなく、爆弾の炸裂音、兵士から二人を守るハヤブサの暴風、瑠璃色の鳥たち、地雷が吹き飛ばす羊の血肉の雨が画面を隙間なく覆い尽くす。

この純愛と、それを裂く民族紛争への激しい憤りを描く猛烈に力強い筆致に脱帽する。これこそ真の反戦映画だ。久しぶりに震えるほどに感動。傑作、必見。