映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「ミリオンダラー・ベイビー」監督クリント・イーストウッド at 松竹本社試写室

オスカー4冠に輝く。鄙びたボクシング・ジムを経営するフランキー(クリント・イーストウッド)と
雑用係のスクラップ(モーガン・フリーマン)は、かつてトレーナーとボクサーの関係だった。
ようやくタイトルマッチに出られる選手を育てたが、腕利きのマネージャーに横取りされてしまう。
失意の中、全く相手にしていなかった練習生のマギー(ヒラリー・スワンク)の、トレーナーに
なって欲しいという懇願に根負けしたフランキーは、彼女をチャンピオンに仕上げて行く決意をする。
常に神話性を帯びた映画を作り続けて来たイーストウッド、名作「許されざる者」('92)ほど
凝った脚本でもなく、「ミスティック・リバー」('03)のような複雑なミステリーでもない
シンプルなストーリー展開に、このまますいすいとは進まないはずと予測していたが、
案の定観る者の脳天を直撃するような罠を用意していた。
 連戦連勝のマギーのその先には、深い闇をたたえた沼が広がる…。
イーストウッドの演出のコアは眼差しと言葉。凝ったキャメラワーク
など殆ど無い。ただ二人の人物の対峙の中で交わされる会話に息が止まりそうになる瞬間が
何度もある。片目しかないスクラップの優しい視線、押さえに押さえた静謐な演技で、ここぞという
時に訴えかけるマギーの目の力と言葉の激しさ。後半の30分は震えが来た、涙が止まらない、
呼吸さえ苦しくなるほどの新しい神話との出会いだった。イーストウッドのキスに、何百本かに
1本の、更にその中の数カットしかない奇跡的に崇高な映画的瞬間を見た。
神は細部に宿るとは正しくこのこと。これに比べれば「アビエイター」はおもちゃみたいなものだ。
真の傑作、絶対必見。ちょっと放心状態になれます。今ここに書いていても涙が出る。
5/28公開。