映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「やわらかい生活」監督・廣木隆一 at 新宿K's Cinema

プロデューサー・森重晃+脚本・荒井晴彦+撮影・鈴木一博+監督・廣木の「ヴァイブレータ」クルーが再集結。主演女優が降板したり、とってもおエライ原作者からクレームがついてタイトルを変更したりで難産だったと仄聞していた。
舞台は東京、蒲田。福岡に住む両親を事故で失い、鬱病に罹った橘優子(寺島しのぶ)。失恋をきっかけに蒲田のアパートに移り住む。ネットで知り合った男と痴漢プレイをしてみたり、再会した大学時代の同級生と寝てみたり。ある日両親の七回忌で帰郷した優子は従兄弟の祥一(豊川悦司)と会う。ほどなく彼は自分の車で東京まで来て、優子のアパートに転がりこむ。金はないし、ぼんやりしているのだが、鬱に陥った優子を甲斐甲斐しく看護する…
というお話し。とりたてて起伏のあるストーリーではない。むしろヒロインの感情の振幅を丁寧に掬って行く演出。廣木監督の、風景を切り取る才能と、鋭い音感が冴える。寺島と豊川の、言葉のやり取りと絡み合う目線で彼と彼女の距離が縮まり、闇に光が射し、埋められなかった空白が埋まって行く、その過程は実にスリリングであり、言葉の湿気と美しいショットの連なりにうっとりしてしまう。
豊川の乗る馬鹿げたアメ車は、使用料を払えなくてコインパーキングから出せないままでいる。寺島が金払ってやるから車出して故郷に帰れと言う。が、曖昧なまま豊川は車をそのままにしている。取り出せない馬鹿げた車。誰もが、取り出して忘れてしまった方が前に進めるのに、仄かなセンチメンタルが心地良くて、取り出せないままにしている、忘れようとしない、仮令それが他人から見て馬鹿げた事であっても。
ラスト、寺島と別れて豊川は故郷に帰ろうと決心する。
「今までのことも勿体ないけど、もっと今が勿体ないって。昔のアルバムより、今やろ、勿体ないのは」。そう。そうなんだ。
ずっとこの流れの中に身を置いていたくなるほど、登場人物の体温が感じられる映画。30代後半以上の方、お勧め。