映画和日乗

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「親愛なる同志たちへ」監督アンドレイ・コンチャロフスキー at シネリーブル神戸

www.imdb.com

 観終わって、滅多に買わないパンフレットを求めた。ここで描かれるノヴォチェルカッスク事件について背景を知りたかったからだ。

jp.rbth.com  ノヴォチェルカッスクはGoogleの地図で見ると、今世界中の耳目を集めるマウリポリから東へ直線距離260kmの位置にある都市。

 1962年の旧ソ連を描いた映画が歴史的事実だけでなく地政学的にも繋がっている事が想像される。
 www.novochgrad.ru この都市の公式サイトは現在繋がらない。

 この街から、この映画で描かれているように戦車が走り回り、西のウクライナに攻撃に向かっているのではないだろうか、そんな事を想像してしまう。

 モノクロ、スタンダード。時代の雰囲気を伝える為というより、当時のソ連の民衆の抑圧された心理状態の象徴としての「色の無い世界」なのだと思う。

 独ソ戦に看護婦として従軍し、戦地で知り合った夫を亡くしたリューダ(ユリア・ビソツカヤ)はゴリゴリの共産党員にして熱烈なスターリン信奉者。一人娘が共産党の無為な施策を罵倒すると平手打ちを喰らわすほどだ。

 リューダは戦功故なのか、党への忠誠故なのか地方都市の行政委員としてそれなりの階級にあるらしい。賃金カットに怒れる工場の労働者達に対しても「全員逮捕」を主張する。

 怒れる労働者達は暴徒と化し、遂には軍の出動に至る。発砲事件が起こり、リューダの目の前で馴染みの美容師が射殺されてしまう。

 コンチャロフスキーは射殺される人々を執拗に見せる。アクション映画の定型のような殺され方ではない描写に慄く。

 死体は引き摺られて無造作に片付けられる。その後に残るもの。血と靴。死者に靴は要らない。凍土の国の靴は生きていたことの証である事を気づかせる秀逸な演出だ。

 党への忠誠、共産主義という理想と乖離して行く現状にリューダは戸惑いつつも、暴動に巻き込まれて行方が分からなくなった娘を行政委員の特権を振りかざしながら探す。

 そんな中リューダはKGBの男ヴィクトル(アンドレイ・グセフ)と知り合う。不用意な発言をした看護婦を容赦なく逮捕する一方、リューダには情をかける。特権階級同士の符号が一致、共産党を賛美する歌を唄い合う。

 軍の指揮官がヴィクトルに見せつける鯉の刺青。ヤクザだ。
そんな支配層への絶望的な不信と、離せない既得権益の狭間。勿論、既得権益の放棄はこの国では死を意味する。

 ラストの一見安堵させるどんでん返しを額面通りには解釈しないのが筋だろう。車の中のヴィクトルとリューダとの会話と、病院での看護婦逮捕が伏線だとしたら。

 これはコンチャロフスキー渾身の「遺書」ではないか。

 85歳という年齢を考えると「伝えなければならないこの国の深層」をどうしても描きたかったのだろう。ソ連時代を描いているが、プーチンのロシアと統治機構は何ら変わらない事をこの映画は伝えている。

 そして弟であるニキータ・ミハルコフ監督と共に、現在の彼等の立場をも憂う。

いま観るべき一本。