映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「海辺の家族たち」監督ロベール・ゲディギャン at シネリーブル神戸

www.imdb.com フランス語原題は「La Vila」、別荘。

 マルセイユの別荘地、バルコニーの椅子に座る老人が「最低だ」とかなんとか呟いて、吸っていた煙草を灰皿に揉み消そうとして倒れる。即座に伊丹十三の「お葬式」('84)のオープニングを思い出す。「お葬式」の奥村公延爺はそのまま天に召されるが、この老人は一命をとり止める。その知らせを聞いた家族が別荘にやって来る。

 近所でレストランを営む長男、若い婚約者を伴っている嫌味なインテリ次男、女優の長女は20年ぶりの帰郷だという。

 殆どこの別荘地近辺から出ない展開も含めて舞台劇調の進行で監督は演劇出身なのかと思ったが、資料によると本作のロケ地マルセイユ出身、プロデュース含めて40本以上のキャリア、女優役のアリアンヌ・アスカリッドとは実生活では夫婦。

 舞台劇調のところに女優長女の娘が事故で亡くなっている過去のインサートがどうにも違和感というか、僭越ながら言わせて貰えば巧くない。

 んでもって女優長女に惚れている若い漁師のクサい演技にも辟易、こりゃハズレの映画だなと思い始めたところに裏山に隠れていたシリア(だと思う)難民の子供達が登場。

 それまでの展開がテンポの鈍い行き当たりばったりの会話劇だったのがようやく映画らしく動き出す。時計を見てしまったが後半の約30分くらいからだ。

 難民を捜査している兵士の一人にブルジョワ呼ばわりされて首をすくめて嘲笑する彼らの心に暖かい火が灯り、軍に難民の子供達を引き渡さずに匿う。マルセイユのドメスティック過ぎる家族劇と国際社会に於ける喫緊の問題が切り結んでさてどうなる、というところで映画は終わる。勿体ない。