スタンダードの画角が認識されると同時に、居住まいを正す想いに至る。
小津安二郎の映画の中に「反復とずれ」を発見したのは吉田喜重監督だった。本作は主人公、平山(役所広司)の日常の反復から始まる。
前時代的な古いアパートから望む東京スカイツリー。アパートの前に佇む缶コーヒーの自販機もおよそ今のものではない。が、平山が買うのは今のサントリーボスであり、乗り込む車はダイハツの軽自動車。しかし今の軽自動車にある筈もないカセットテープ用のカーステレオ。流れる曲はアニマルズ、ルー・リード‥‥1970年代にとどまる男、平山。
宇宙船のような現代東京のトイレを磨きながらかの時代に留まり続け、生活のスタイルを墨守する。ITには一切触れず、テレビは観ない。ガラケーが最低限。カメラはフィルムで撮る。
公園に研ナオコが佇み、おばんざい屋で石川さゆりが周囲を圧倒する歌を披露する。
東京を切り取る眼と人物の配置から市川準の映画を思い出す。
日々労働と生活を反復する平山に微かにずれを持ち込む、今の若者。
平山が宝物のように大切にしているルー・リードの「Parfect Day」が入ったカセットをその価値も知らず中古レコード屋に売ろうとするタカシ(柄本時生)。その金が女と会うのに必要だと言うさもしい恋愛。彼はまたその後不意に仕事を辞めて平山に負担をかける。一方、タカシが追いかけている女(アオイヤマダ)の「一枚上手」ぶりが良い。
輝かしい時代を愛おしみ、慈しむという反復に「今」が入り込んでずれを生むストレス。
それでも平山はチューハイを愉しみ、木漏れ日を見つけると微笑む。
姪の登場と、彼女を平山のアパートに迎えに来た平山の妹(麻生祐未)の登場で平山の生き方の理由が僅かに炙り出される。
平山のダイハツミラの横に停められる運転手付きのトヨタレクサス。「帰ってきたら。お父さん、もう昔みたいじゃないから」麻生の台詞に涙が出かかる。アッパーミドル家庭の長男の止むに止まれぬ反抗、'70sアメリカンポップスに拘る理由がその一言と表情から想起される。「本当にトイレ掃除してるの」と絶妙な表情で訊く麻生祐未の憐憫。反して、頷く平山の清々しい目。
ラスト、ニーナ・シモン「Feeling Good」を聴きながら運転する平山の、微笑みながら泣いている、泣きながら微笑んでいるその顔の素晴らしさに息を呑む。役所広司カンヌ主演賞むべなるかな。あれは誰にでもできるものではない。
佳作、お勧め。
久しぶりにパンフレットを買い求め、熟読。撮影日数16日とは!