映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「IT/イット"それが見えたら終わり"」監督アンディ・ムスキエティ at OSシネマズ神戸ハーバーランド

www.facebook.com撮影監督が韓国人、監督はアルゼンチン出身でこれまでもホラー映画を手掛けていたらしいが、資料によると脚本に名を連ねている日系人が本作を監督する予定だったとのこと。しかしながら各国人種混成で映画をつくるプロダクションの贅力にまず興味をそそられる。

しかし彼らの野心満々、というよりいっちょ儲けたろ、という方針に傾いているような気がするほどホラーとしてのテクニックは単調な脅かし方に終始する。

ルーザークラブ、と自称する子供達の家庭環境がどれも親の過干渉、近親相姦を匂わせてはいるがそれは控えめ。同じ原作者の「スタンド・バイ・ミー」('86)のムードもあるが、ノスタルジーでもなくさほどおどろおどろしくもなく、出てきたら忘れてしまうお化け屋敷感覚。

「ラストレシピ 〜麒麟の舌の記憶〜」監督・滝田洋二郎 at 109シネマズHAT神戸

www.last-recipe.jpつくり手も題材も全く違う今年の映画「追憶」と見終わった後の印象が似ている。護送船団な製作委員会のクレジットからもうそのニッポン芸能界的忖度しまくりのムードは始まっていて、ラストに至るまで変わらなかった。様々なご苦労が目に見える。

80年近い時代を跨ぐ物語上重要なレシピ本が常にまっさらという不思議。

手つきが料理人に見えないあの二人。西島秀俊、孤軍奮闘。あと我らが広澤草も。

「甘い夜の果て」監督・吉田喜重 at シネマヴェーラ渋谷

1961年松竹作品。

吉田喜重監督3作目、この次が名作「秋津温泉」('62)。ヌーヴェルバーグ前夜といったところか。

三重県四日市市が舞台。石油化学コンビナートの街、今と比べるべくもない都会ぶりだ。この街のデパートに勤める津川雅彦がその男前っぷりを利用して女を使ってのし上がろうとする。クラブのママ、食堂の娘、そして左前な鋳物工業の社長未亡人。のし上がる、という願望の目標がせいぜい高級マンション暮らしなのが目標なので話全体のスケールとしては小さい。競輪場のバンクをぐるぐるとオートバイで爆走する津川、遊園地の観覧車にしばしば乗っては上下にぐるぐると回る津川。どんなに急いでも結局同じところを走っている、どんなに上昇してもすぐに下降する、破れない階級の壁のメタファーか。ゴルフ場、コテージといった「上の階級」の舞台のシーンでずっと流れ続けるワライカワセミの鳴き声のような音もまた。

あの頃映画 「甘い夜の果て」 [DVD]

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映画「36.8℃」監督・安田真奈 at イオンシネマ加古川

trs-d.jp

「劇場版 神戸在住」('15)で一緒に仕事をした安田真奈の11年ぶりの監督作品であり、

私の「ママ、ごはんまだ?」('17)で一青妙の中学生時代を演じた堀田真由初主演作品でということで何かとご縁を感じる。加古川の県立農業高校での撮影現場にもお邪魔した。

こうして映画で観ると阪神間で失われた旧き佳き風景がここ加古川にはあることが良く分かる。私と「神戸在住」で組んだ鈴村真琴の照明はブルートーン。川面に映る夕陽も美しい。

そんなこの街で、大学進学前の三人の高校生の微熱な時間を描かれる。自己憐憫とコンプレックスがないまぜになった高校生心理は流石に私には書けない、安田監督ならでは。堀田真由はこれから映像の世界でどんどん前に進んで行く、だろう。

https://www.instagram.com/p/BbyDLcgHfEK/

これから見ます #安田真奈 #堀田真由 平日昼間5割くらいの入り、結構入ってる

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「リンキング・ラブ」監督・金子修介 at 109シネマズHAT神戸

  ロマンポルノ出身の監督でコンスタントに毎年映画を撮っている監督というと金子修介監督だけではないか。今風、に寄ることなくむしろダサいくらいの「昔ながらの味」というか切れ味はなくとも変わらぬ老舗の味といったところか。自らが自作「就職戦線異常なし」('91)を解説、エンディングにまで拘りの「自筆」が登場、軽やかな遊び心で楽しい。

 その「就職戦線」の公開された時代、1991年が舞台。やはり今の人ってあの頃と顔が違う。単に幼いということだけではなく、ゴツさがない。バブル期は好景気であった反面、カテゴライズやヒエラルキーの確保を巡る争いの時代でもあったのかも知れない。あの頃のゴツさはその闘いの象徴で、今の子たちの確定されたカテゴライズとヒエラルキーの、そのくくりの中での「空気の読み合い」ではゴツさもギラツキも消えてしまうわけだ。そんな中樋井明日香という役者だけが最後まで「あの頃」感を湛えていた。

 タイムスリップの整合性などどうでもよく、'80s日活風老舗の味を楽しむ。「理論が古い」という台詞に笑う。

 

「禅と骨」監督・中村高寛 at 元町映画館

www.transformer.co.jp禅宗の僧ヘンリ・ミトワの日米を跨ぐ一代記を記録と劇パート、更にはアニメーションを繋いで駆け足で見せ切る。色即是空空即是色なんのその、ミトワ氏は映画をつくりたいという我欲、今に生きず過去に生きるのだと疾走する。その深層心理には母なる国日本=理想の母親像が抜き差し難く沈殿している。家族は振り回され、自らの米国人としてのアイデンティティを頑なに守った長男以外は日本に強制移住させられ苦労する。中でも次女の父ヘンリへの反発は激しい。愛憎のパーセンテージは常に憎に振れている感じだ。ミトワ氏の戦前戦中時代は劇パートで描かれ、ミトワ氏に似たウエンツ瑛士が好演。脇をプロデューサー林海象ファミリーの俳優が固める。

戦前は日本でスパイと疑われて警察に尾行され、嫌気がさして渡米したら同じくスパイ扱い、戦中は日系人強制収容所へ。父の国も母の国も個人のアイデンティティを認めない時代を生き抜かねばならなかったのだ。そんな曖昧な自分の位置を確立させようと、彼は母の国に寄り添おうとした。しかしそれは妻や子のアイデンティティを揺るがす。

未来に興味はないと言う言葉とは裏腹に未来につくる「過去の映画」に拘る。自分を「撮れ」と言ったり「撮るな」と怒ったり。カメラは一人の人間が思い込みのまま生きる姿を追う。日米の距離や東京と京都という距離、93歳まで生きた長い人生という道のりがこの人の立ち振る舞いをかたちどってはいるものの、哲学はあまり見えない。ましてや僧侶としての悟りも、だ。それは高邁でもなく、卑俗でもない他人からすると「おもろいおじいちゃん」で、私には苦悩する次女の方によっぽどシンパシーを感じた。

「女神の見えざる手」監督ジョン・マッデン at TOHOシネマズ日本橋

misssloanemovie.com

アメリカの銃規制を巡る保守右派(または長老派と言うべきか)と規制強化派の攻防をロビイストと言う立場から描く。ロビイストはエリザベス(ジェシカ・チャスティン)。ただのやり手ではない。男社会に挑む気負いと言うよりは知性と野心で呑んでかかっているしたたかさ。食欲、性欲は合理的に処置し、そこに楽しみというものがない。脚本と演出が、このような人物が如何にして生まれたかというバックボーンはスパッと捨てている潔さが良い。どこから来たかわからない一匹狼が脳みそと口先一本でのし上がって来た迫力が凄まじい。保守派から規制派へあっさり鞍替え、保守派の攻勢と真っ向対決、かといって正々堂々ではなく勝つために手段を選ばないエリザベス、次第に周囲もついていけなくなる、保守派の作戦もエスカレート、遂にエリザベスは陥落。かと思いきや、という大どんでん返し脚本にはヤラレタ。そうか、そうくるかの映画畑ではないというこれが初脚本のジョナサン・ペレーラの類い稀なる技量に脱帽。

役者は全員素晴らしい。傑作、お勧め。