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「テルアビブ・オン・ファイア」監督サメフ・ゾアビ at Cinema KOBE

cinemakobe.jimdofree.com

テルアビブ・オン・ファイア(字幕版)

テルアビブ・オン・ファイア(字幕版)

  • 発売日: 2020/07/03
  • メディア: Prime Video
 

www.artemisproductions.com

 いきなりコテコテなアラブ調の音楽に乗ったテレビドラマから始まる。時代は1967年、第三次中東戦争直前らしい。

ja.wikipedia.org ドラマの内容はイスラエル軍の将校にパレスチナ人女性が色仕掛けで迫り、スパイとして機密情報をパレスチナ側に流す、というもの。1967年というのはあくまでTVドラマの設定。

 このドラマはパレスチナ側で撮影されているらしく、女性がヒロインで将校は悪玉のようだ。撮影現場では携帯電話やパソコンも登場するので舞台は現代。映画後半に「第一次インティファーダの頃ワシも戦った」という台詞が出て来る。

ja.wikipedia.org もう一つ大事なワードは「オスロ合意」。良い加減な約束を「そんなのオスロ合意みたい」と言う。

オスロ合意

 これらの出来事や、ある程度のイスラエルパレスチナ紛争史の知識がないと笑えるものも笑えない。

 さて、パレスチナ製作のTVドラマ、イスラエル公用語ヘブライ語スクリプトの監修が仕事の男サラーム(カイス・ナシェフ)。番組Pの甥らしい。どうやら長らく無職だったらしくようやく得た仕事のようだ。パレスチナ自治区は失業率が高い。

 このサラームの家からTVスタジオまでの間にはイスラエルの検問所がある。検問所の下士官アッシ(ヤニブ・ビトン)はサラームにイチャモンをつけて彼が携帯していたドラマのスクリプトを取り上げて読み出す。アッシの家族もこの番組のファンなのだと言う。しかしパレスチナ寄りなのが気に食わない。スクリプトに書かれたイスラエル軍人がリアルではない、とサラームにアドバイスする。

 サラームは台詞を書き直し、主演女優はこっちの方が良いと言い、サラームの叔父のPはこれを了承する。怒った脚本家の一人が番組を降りてしまい、叔父はサラームを脚本家チームに入れる。しかし一行も書けないサラームは検問所の下士官アッシに相談。アッシの口立てで書いた脚本によって視聴率が上がっていく。

 ウディ・アレンの名作「ブロードウェイと銃弾」('94)のパレスチナ版と言っても過言ではないだろう。

 尤もイスラエルパレスチナの紛争史はNYブロードウェイのマフィア抗争よりも過酷だ。しかし本作では政治的、軍事的拮抗の厳しさよりも、主人公の心情としてその置かれた現状への諦観に満ちている。イスラエルへの強靭な反抗心を持っているのは彼の叔父世代であり、彼等はそうでもないのだ。

 ドラマの内容、イスラエル人アッシとパレスチナ人サラームの関係はそれぞれイスラエルパレスチナの関係のメタファーとなっているところが秀逸。

 アッシは調子に乗って自分の思い通りにドラマを進めろ、とサラームの身分証明書を取り上げてしまうあたり、国家間の関係を象徴している。

 何事にも諦観に満ちているサラームだがドラマの成功により元カノとヨリを戻す。

しかしドラマのヒロイン俳優に気に入られた彼はパリへの移住を勧められる。

元カノは言う「パリなんか何がいいの?」サラームは答える「占領がない」。重い台詞だ。

 アッシは自分の家族からロマンテックなエンディングが良いと言われてイスラエル軍人とスパイが恋に落ちて結婚すると言うハッピーエンドをサラームに強要する。さもないと身分証明書を返さないぞ、と。叔父のPはインティファーダの闘士、そんな結末はあり得ない、ヒロインは故国パレスチナの為に自爆テロ=ジハードを実行するのだと譲らない。

 市井の人々の願望=平和的共存と、それに相反する恩讐を越えられない世代による国家間の断絶の固定はここでも見事に示されている。苦慮するサラームだがラストは壮大なオチで笑える。脚本が見事。佳作、お勧め。

 

ガザ地区を知ろう|パレスチナ子どものキャンペーン

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