映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「ザ・ホエール」監督ダーレン・アロノフスキー at kino cinema神戸国際

The Whale | A24

 主演のブレンダン・ブレイザーは本作でオスカー獲得。

原作は舞台劇、戯曲を書いたサミュエル・D・ハンターが脚本を映画用にリライトしている。なるほどワンセット、一つの家だけで話しは進む。

 大学の講義と思しきオンラインの映像に続いて恐ろしく肥満した男がゲイのポルノビデオを観ているところから映画は始まる。

どうやらオンライン授業で顔を隠して音声だけで講義していたのはこの男、チャーリーのようだ。

 最早立ち上がることもままならない巨体、すぐさま「セブン」('95)の惨殺された肥満死体を想起する。「セブン」のセブンは七つの大罪。その罪の一つが過食。

罪深いのでリンクは貼らないが、「七つの大罪」を検索するとエホバの証人のサイトが出て来る。一方本作にはニューライフなる教団が出て来る。これも罪深いのでリンクは貼らないが実在する教団のようだ。

 チャーリーが見るとはなしに点けているテレビから大統領予備選挙の速報が流れている。共和党ドナルド・トランプはまだこの時点では大統領になるとは思われていない。

七つの大罪、宗教、トランプ。現代アメリカを取り巻く病理がこの家に暗雲の如く覆い被さっているかのようだ。そのせいか、家の外はずっと大雨だ。

 チャーリーを何くれと面倒を見る医師リズ(ホン・チャウ)、早晩心臓が保たないチャーリーは彼女に健康保険がないからと病院に行かないと言う。リズは何故そんな彼に関わるのかは観ている間に分かってくる。しかし彼の死に至る筈の食欲に対して制限を加えないのは何故なのだろう。七つの大罪の一つ、怠慢なのだろうか。

 怠慢と言えば突如やって来るチャーリーの娘(サマンサ・モートン)の学校の宿題。宿題を父親にやってくれと傲慢な態度で迫る。

しかしこの宿題もまた後半、重要な意味をもたらす。

 常に雨、暗いルック、人が出入りするだけの家、主人公はロクに動けない。画の動きが無いのに伏線が散りばめられ展開が読めない。

 やはり七つの大罪が底流に流れている。その結果の絶望的な孤独、死を前にした贖罪意識。

登場人物の誰もが過去に呪縛され、被害者意識を捨てられず、生きづらさを口にする。

 大雨が止み、陽の光と共に、絶望的に分かり合えなかった人々は目と目を合わせ、そして翔ぶ。最後の数分の映画的純度の高さは感動的だ。

 この「家」が現代アメリカ国家そのもののメタファーのような気がしてならない。

役者は全員素晴らしい名演。佳作、お勧め。