さほど熱心にカラックスの作品を追って観てはいないが、強烈な作家主体の映画がほとんど生まれない現在、この新作は観なければと思っていた。
観終わってから「映画芸術」2022年春号の特集を読むと制作の過程がよく分かった。堀越謙三Pのインタビューは鑑賞者には必読。日本の文化庁、なかなかやる。
さて、思いがけず心揺さぶられたオープニングのワンシーンワンカット。パリならぬサンタモニカ、フランス語ではなく英語。そして堂々のミュージカル。
コメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)とオペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)の熱愛の変遷をゴシップニュース風に紹介、これがじわじわ効いて来るのが、後半、アバターのようなパペットに群がる俗情、ネット経由の大量消費社会への皮肉への伏線になっているからだ。
二つの殺人、そして犯人ヘンリーの逮捕とミステリーでもサスペンスでもない陳腐な筋立てだが、そもそもミュージカルという大嘘の前にそれは重要な事ではない。カラックス自身の心情が投影されているヘンリーによる「愛の行方」の表現としての殺人なのだろう。愛の対象と信頼の対象の終焉。
商業主義の象徴としてのパペットが世界を駆け巡り、スーパーボウルでショー、というのはポピュリズムを嗤う皮肉を通り越して作家主義の衰退、滅亡を象徴しているようで、黯然とした気分になる。