映画的日乗

映画、食、人。西に東に。

「雁の寺」監督・川島雄三 at 京都文化会館フィルムシアター

www.bunpaku.or.jp  1962年大映。恥ずかしながら初見。川島・若尾文子コンビ「女は二度生まれる」(大映東京)の翌年の作品。でこちらは大映京都、舞台も当然京都の禅寺。フィルムの状態は良くない、特にラストの褐色。昨年4Kデジタルレストア版が出来ているらしいので機会があれば色彩を確かめたい。

 エッジの利きまくったルック、歯切れの良いカッティング。惚れ惚れする。禅寺にやって来た若尾文子を出迎える肥担桶を運ぶ修行僧慈念(高見国一)のいでたち、目つき。これだけでこの物語は天地の如く離れている階層を巡る相克を綴るであろうことが予見できる。ヒッチコックは殺意を巡るサスペンスの中に自らの性癖を潜ませたが、ここでの川島雄三はその逆。剥き出しの性欲を巡るサスペンス、見られてしまうのではというサスペンスは実は見せているのだといういやらしさ、己の本性を悟られまいとする慈念、ひたすら硯で墨を擦るその手の動きは自慰のメタファーである、圧巻の巧さ。

 藤村の「破戒」の如き出自を隠す慈念、一方文字通り破戒を恥とも思わない、むしろ開き直っている禅寺の僧慈海(三島雅夫)、その同僚僧雪洲(山茶花究)。煩悩を巡る建前と本音を見せつける。

 そして小沢昭一の登場によって川島雄三たるハイパーポップな世界は完成する。堪能した、傑作。