映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「誰も知らない」監督・是枝裕和 at シネカノン神戸

スーパー16ミリのざらついたルック、ノーライト、オール・ロケセットでの撮影の為、
黒が緑色に変色している。影は殆ど深い緑だ。
黒を黒として表現するには丁寧な照明技術と現像加工を要する。
映画という媒体はリアルなルックを作り出す為に様々な人工的な加工を行う。
しかし、是枝監督は一切のそれを排することでリアルではない質感と、用意されていない脚本による即興のダイアログによって、
観る者の「隣人の風景についての記憶」をざわざわと喚起する。
ここに展開される「母親に捨てられ、4人兄弟で暮らす子供たち」の風景は、
何も特異で珍奇なものではない。私たちの視界に入っていないだけの「隣人」なのだ。
そう、「隣人」とは存在として実に希薄だ。意識として「私たち」と合わせ鏡にはならない。
「私たち」と「隣人」は常に微妙に全てがずれている。そこに壁があるからこそ上辺だけながらも平和なのだ。
その「壁の向こう」の「ずれ」を描く装置としてのこの演出に唸った。
子供たちの暮らすアパートの一室のどこにも「私たち」はいない。
しかし、彼等を放置する「彼等の隣人」であるアパートの大家、
コンビニの店員たち、野球部の監督は「私たち」なのだ。
薄汚れて、貧しい格好の彼等を一向に気に留めない不気味さ…。
対して、彼等の異常に気づき、離れて行く中学生の「友達」、逆に近づいて行くいじめられっ子の女子高生。
この大人の鈍感=「私たち」を突き刺す、主人公の長男の力強い視線が痛い。
エンドロールを観ると、演出部は2人(通常3人以上)なのに、録音部と美術部の人数がやたらに多い。
全てシンクロ録音、アパートの部屋いっぱいの手描きの絵、カップ麺の植木鉢、街角の番地表記を必ず隠しているチラシ…全てが巧妙。
傑作、お勧め。但し劇場満員なり。

誰も知らない [DVD]

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  • 発売日: 2005/03/11
  • メディア: DVD