映画和日乗

映画、食、人。西に東に。

                         

「雪に願うこと」監督・根岸吉太郎 at シネセゾン渋谷

北海道、帯広。凍てつく寒さの中、東京から13年ぶりに帰郷した学(伊勢谷友介)は、兄・威夫(佐藤浩市)が営む競走馬の厩舎を手伝い始める。身勝手な弟に厳しいことしか言わない威夫だが、それでも厩舎の仕事を仕込むことで学を家族として迎えようとする。学には疑問があった。母親(草笛光子)の姿が見当たらないのだ。しかし威夫も、賄い婦(小泉今日子)もその行方を教えてはくれない。やがて、学が帰郷した理由が威夫に知れる。彼は事業に失敗して多額の負債を背負って逃げて来たのだった…というお話。
ストーリーにさほどの新鮮味がある訳ではないが、作り手の視点はそこにはなく、むしろ兄弟、母子の情念を見つめる。久しく忘れ去られていた、そして真っ当な作り手がいなかった故に観ることが出来なかった、正統派の日本映画だ。その王道は根岸吉太郎という撮影所世代の最後尾サラブレッドによってもたらされた。
なんと丁寧で、細やかで、澱みのない清流のような演出だろう。ばんえい競馬という特殊な世界の、鉄の扉の向こうの「狭き異界」を描くことで、この異界を嫌って出て行った人間が、いやおうなく帰って来てしまうという、どうしようもなさにグッと来た。そして遂に母親と再会する学の、あのいたたまれなさ、辛さに胸が痛むほど深く感銘した。配役はドンピシャリ、全員が素晴らしい名演。
きちんと、ちゃんと、日本人を見つめている傑作、お勧め。

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