映画和日乗

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「告発のとき」監督ポール・ハギス at OSシネマズミント神戸

原題は「エラー渓谷で」。邦題も原題もどうもしっくり来ない感じで、本国アメリカでの興行はふるわなかったらしいが、平日神戸のシネコンはよく入っていた。2004年、イラク戦争から一時帰国している兵士が、休暇時間を過ぎても基地に戻らない。父親ハンク(トミー・リー・ジョーンズ)にその一報が入る。彼もかつて元軍警察に勤めていた軍曹。基地に行くと、兵士達は彼を丁重に扱う。ほどなく、基地近くの軍管轄地域でバラバラにされた上焼かれた惨殺死体が見つかる。ハンクの息子、マイクだった。地方警察の刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)は、捜査に当たるが、ハンクの刑事勘の鋭さと独断的な行動に引っ張られて行く。ハンクは息子の携帯電話に入っていたイラクでの動画映像を解析、イラクで起きていた何らかの事件の謎を追う。やがて容疑者が浮上するが、シロ。丁重に彼を扱っていた兵士達の証言に疑惑が向けられる…というお話し。
家庭で、レストランで、テレビやラジオから流れるブッシュ大統領イラク戦争正義論、楽観論の演説音声が被さっている。そして冒頭の「逆さまの国旗」とその意味についての解説…製作・監督・脚本を兼任するポール・ハギスの「反イラク戦争」テンションは強力だ。
一方、ミステリーとしての犯人探しはヒタヒタと静かに進行し、やがて被害者を含むイラク帰還兵達に共通するPTSDへと突き当たる。犯人は捕らえられるが、精神は完全に病んでいる。被害者も加害者も、どちらも病んでいた、両者ともイラク戦争の犠牲者ではないかという問いかけが透かし絵のように浮かび上がる。
しかし、ハンクが経験した筈のヴェトナムはどうだったのか、ボスニアグラナダは微かに語られるが、ヴェトナムという「過ち」を知っている筈のハンクのイラクに対する「想像力」に疑問符が付く。妻ジョアン(スーザン・サランドン)の「せめてひとりは残して欲しかった(長男も戦死している)」という台詞は、国家だけに向けられたものではないはず。ハンク自身の父親としての自責があっさりしているような。それは軍人としての死に対する鈍化、あるいは黙して語らず、なのだというならそれまでだが。
冷たいブルートーンのルック(撮影監督ロジャー・ディーキンス)は素晴らしく、ハギスの演出(若い兵士達と語らう時の長い間合いの見事さ)は丁寧。シャーリーズ・セロンはここでもまた見事に化け、フランシス・フィッシャー(56歳とは!)の凄みも見物。
佳作、お勧め。

告発のとき (字幕版)

告発のとき (字幕版)